中一の頃であるから昭和で言うと44年のこと、初めて自分で買った食料品がこれである(それまではお使い)。しかも購入した動機がお茶漬けが食べたかったわけではなく安藤広重の「東海道五十三次」のカードが欲しかったためである。確か初めてカードを見たのは小学生の頃、そのときには気にもとめていなかったのが、中学に入ると友人が数枚持っていて欲しくなったのだ。
ところがせっかく買ったものの近所の文房具屋に入るともっと魅力的なものを発見。これが切手、趣味週間の安藤広重の「東海道五十三次 蒲原夜ノ雪」である。ときは切手を集めるのがブームとなっていて、さっそく祖母に買ってもらった記憶がある。上村梢園(間違っていないかな漢字)の「序の舞」、「月に雁」なんて憧れたものだ。
結局、買ったはずの「お茶漬け海苔」のことはすっかり忘れ去り、実際に初めて食べたのは上京して一人暮らしを初めてからだ。薄暗い南小岩の六畳間、残りご飯とお湯さえあれば食べられるのだから便利であった。
この大学生活では「お茶漬け海苔」はなくてはならないものであった。だいたい仕送りの前など毎食、ご飯とお湯、そして「お茶漬け海苔」となる。安いのに病みつきになる旨さがあって、まさにお世話になった食品ナンバーワンである。
この「お茶漬け海苔」の発売が1952年。昨年逝去した永谷園創業者、永谷嘉男が開発したもので、今でもパッケージにほとんど変更がなく、店頭で見てもつい手に取ってしまう。また永谷園など東京からくる商品が発売されても四国の片田舎に来るのにはなかなか時間がかかる。それで私的に永谷園を初めて知ったのが中学生の1969年となるのだ。翌年が大阪万博でこの頃から食料品店にならぶ商品に東京もの(桃屋など)が増えたように感じる。