2007年6月アーカイブ

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 一頃、八王子のマグロ屋と一緒に築地に通っていた時期があった。競りの光景を見ていたのではなく値段に感心があったのである。だからマグロを見て回り値踏みし終わって、競りが始まるまでの小一時間、場内で食事をとっていた。そのときもっとも頻繁に食べていたのが「喜久」のタンメンである。
 この店に初めて入ったのは、そんなに古い話ではない。たしか10年ほど前に相対取引を見るために4時頃に、築地に行ったのである。エビ、ウニ、貝類などの売り場を歩き、荷物を積み込むとさすがに腹も減るし、疲れてくる。そのときの市場関係者が「朝飯食べましょう」と連れて行ってくれたのが「喜久」であった。
 ボクはトンカツで大盛りご飯が食べたい気分だったが、彼が注文したのがタンメン。「そうか、この店ではタンメンなのか」と素直な性格なので右へならえをして同じものにする。これがうまかったのである。寒い時期だし、腹が減っていたというのもあるが、食い始めから、最後のスープをすすりこむまでズーっとうまいうまいで、時間にして5分ほどだろう。あまりのあっけなさに「大盛りにすればよかった」と後悔しきり。それ以来、早朝の築地では「喜久」のタンメンということに決めてしまっていた。
 それから早朝に築地場内に行くこともなくなって久しい。「喜久」のタンメンも久しぶりだなと店の表までくると大和寿司の行列が長く、店の前ではその行列に加わるべきか悩んでいる風のカップルがいる。仕方なく今回は裏側から入って、どうした加減なのか「ラーメン」を注文してしまった。この店でラーメンを食べるのは初めてなのだ。

 築地場内の関連棟は細長い建物が川の字形に並ぶ。この細長い建物に長屋風に並ぶ飲食店では「一区画で入り口を決め、奥に厨房を置く、奥行きがなく店の左右が広いタイプ」と、「入り口を建物の両面にとり、細長くカウンターで仕切っている、奥が深く客席左右狭苦しいタイプ」がある。「喜久」は細長カウンタータイプの典型的なもの。建物のどちらからでも入ることが出来て、カウンターに座る。席に着くと、その後ろを通る人は壁にへばりつくように、また飯食う人は前のめりで通路を開ける、そんな努力が必要なくらいに店は狭苦しい。

 注文すると待つほどもなく出来上がる。この素早さが築地場内のよさなのである。

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 目の前にして驚いたのがラーメンなのにタンメンと同じ太い麺であるということ。スープは醤油味、チャーシュー、メンマ、たっぷり散らしこんだネギ。いかにもあっさりして軽そうだがスープにはしっかり鶏ガラの風味があるし、醤油味ながら塩分濃度もしっかり高い、これが太く旨味のある麺と調和して、味に余韻がある。この店ではタンメンと決めてしまっていたのを後悔するほどにボク好みの味である。これなら軽く2杯は食べられそうだ。しかも2杯食べても飽きがこないのではないか?

 久しぶりに築地場内で「当たりくじ」を引いた気分に浸っていると、なにやら店の前が騒がしい。暖簾の隙間からこちらを覗く集団がいて、これが最近では築地場内名物となってしまっている外国人観光客である。どうやら寿司屋に並ぶか、ここでラーメンを食べるかを決めかねているらしい。これに気が付いた「喜久」のお姉さん、「ラーメンはヌードルだっけね」。ドヤドヤと入ってきた団体さんに「ラーメンヌードル食べる。食べるの? OK?」なんて聞いている。それに常連さんが「ラーメンはアメリカでもラーメンじゃないの」なんて、これも不思議な光景であるな。

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 不覚にも岡山で買い物したレシート類をなくしてしまって、値段を明記できない「岡山土産記」となる。でも総てがスーパーやコンビニで買い求めたものでせいぜいが数百円ほどのものだと思って欲しい。まずは岡山市内の「マルナカ」というスーパーで買い求めた「だし醤油」。
「マルナカ」というのは本社が四国にあり、岡山のもその系列にある店舗であるようだ。それで品物にも四国のものが多々ある。
 今回の「マルトモ」も愛媛の大手カツオ節製造会社のもので、たぶん「だし醤油」としても廉価なものに違いない。でも四国を侮るなかれ、四国の醤油、ソース、味噌などの調味料は味がよいものが多いのだ。

「マルトモ」のある伊予市というのは大正期に「花かつお」というカツオ節に加工する前の荒節から削り節にを作り出したところ。近年では多くのカツオ削り節が「花かつお」に類するもので「カツオ加工品」のメッカである。そこでカツオ削り節を使った加減醤油を作り出している、と言うことでスーパーで見つけて買ってしまった。ボクはこのような土地土地の産業が見えてくる加工品が大好きなのである。また「スーパー探検マニア」としての血が騒ぐとも言えよう。
 さて、「花かつお」の産地、そして四国という味どころで作られた「マルトモ」の「だし醤油」も嫌みのない万人向けの味に出来上がっている。なによりもカツオ節の風味が勝っているのがいい。最近は卵かけご飯専用醤油というのが出ているが、これも同様に使えるし、かけ醤油としてもいい。やや薄めてソーメンやうどんの汁にもなかなかいい味わいとなっている。
 この簡便なパック詰めの「だし醤油」は味も使い勝手もいい、ということで関東でも「あったらいいな」と思う商品のひとつだ。

マルトモ
http://www.marutomo.co.jp/recruit/kaishagaiyo/kaishagaiyo.htm

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 関東平野は小麦の一大産地であり、粉食文化の栄えたところだ。酒まんじゅう、田舎まんじゅうに茹でまんじゅう、おやきときて、主食のうどんは冠婚葬祭にもつきものの、言うなれば埼玉を代表する「食」である。当然「手打ちうどん」の店も多々ある。そのたくさんある店の中でも、どうせ埼玉で「うどんを食うなら」とことん関東平野の「地の食べ方」を追求したい。それで出来うる限り田舎風の古めかしい土着的な店を探している。でもガイドブックがあるわけでもなく、頼りとなるのはネットだけとなる。それで狭山から入間まで調べて、いちばん鄙びた感じをうけた「手打ちうどん さわだ」に行くことにする。
 この「さわだ」がわかりづらいところにある。住所は入間市なのだが、このあたりを地図で見ると入間、飯能、日高などが入り組んでいて、目印となるところも見あたらず複雑極まりない。とにかくじっくり地図を見て、その位置関係を頭にたたき込んで、いざ出発となる。

 入間市、日高市、飯能市というのは高橋、高麗川、高麗の地名があることからもわかるように奈良時代に高麗郡が置かれ、朝鮮半島からの渡来人が多数暮らしたところでもある。そこに小麦粉食である「うどん作り」の技が残っている。「うどん」は古くは「うんどん」と呼ばれ元々は中国からのもの。随(唐)から高句麗の頃に高麗王とともにこの国に「うどん」が伝来したのではないか? なんて地図を見ながら夢想する。

 いきなり根岸という子字を目差すのは無理なので、16号線から起点となりそうな八高線金子という駅を目差す。駅で、駅員の方を煩わせて根岸のだいたいの位置を教えてもらう。金子駅から北上、入間青梅線という道路を東に向かう道の左右にはたくさんのお茶の直売所がある。ここは狭山茶(狭山茶の産地は狭山市ではなく入間市が中心なのだ)の中心地帯なのだろう。農協があってそこにも「お茶の小売りをしています」という貼り紙がある。その家々が立派で古色をおびていて豊かに見える。道々で二度、そこから小道を北に向かって一度、人に尋ねてやっとのことでたどり着けた。ようするに入間市根津にある「豊泉寺」を目差せば着くというのが判明する。

 たどり着いたところはまったく、どこから見ても、ただの老朽化した民家である。ただし駐車場入り口には「手打ちうどん さわだ」の外灯看板があり、駐車場は満杯に近い。とにかくクルマから民家に向かうと窓からうどんを打つ人が見える。
「ここうどん屋さんですか」
 どうしてこんな間抜けな問いかけが口から飛び出すのか、自分ながら情けなくなる。
「ここは裏なんです。表から入ってください」
 と言うことで民家をぐるりと一回り。
 そこには「うどん」と書かれた紺暖簾がかかっているが、その奥は普通の家の玄関にしか見えない。その外観からは元々民家であって「うどん屋」を始めてしまったが、別に改築したわけでもないというのがまざまざと見て取れる。引き戸を開けると土間があり、外が暑すぎるためかひんやりと涼しい。正面に厨房が見える。網戸の向こうには先ほどの、うどんを打つ人。壁板に品書きがあり、「日本全国女の音頭」という下手物じみたポスター、小窓からは、うまそうな天ぷらが見える。左右には座敷。左手の座敷はひろく長い座卓があって、数人のお客がいる。

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 板壁の品書きを見ていると奥から女性が出てきていきなり、「煙草を吸いますか?」と聞かれ、「吸いません」と答えると入って右側の座敷に上がるように指示される。座敷の上がりかまちにコップと給水器。座敷はおおよそ20畳もありそうな薄暗くて広い空間で奥にカラオケがあり舞台となっている。どうして、ここに舞台があるのか、夜な夜な歌謡ショーでもやっているのか、と思うと不気味だ。ここにも長座卓が並び、まだ11時台のせいか、どうみても地元の方達とお見受けするお客が大広間に散らばっている。
 待つほどもなくさっきの女性が注文の紙をもって現れる。その腰の浮かし加減から「早う注文せい」というのが見て取れたので、どうにでもなれ、と「かけ」350円と「もり」400円、そして下の方にあった「肉汁」をお願いする。この肉汁は埼玉特有の肉と野菜の入ったつけ汁だと思ったが50円という値段に「?」が湧く。合計2人前にしたのは、腹も減っていたし、飾り気のない店の雰囲気から「うまそうな」と期待したためでもある。後は盛りが少ないことを願うのみだ。

 先ず来たのが「もり」である。それが奇妙なものだった。竹のザルにラップが敷かれて、そこにいびつなうどんが山成りにたっぷりのっている。その端っこのネギとお浸しがあるのだが、これに気がついたのは食べ終わる頃というほどに存在感が薄い。そこに肉汁。これは豚肉を茹でた汁に豚の三枚肉1枚というもの。これはひょっとしたらその昔、豚肉を茹でて、そのゆで汁に醤油でもいれて食べていた名残だろうか? とにかく「ここら辺でずーっと食べてきたもの」がそのまま出てきているだけなのだろう。脇にはちゃんと陶製の汁入れが置かれる。

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 不揃いのうどんをそのまま食べてみる。これが適度に腰があるにはあるが、相反するモチモチ感もあるという中庸なもの。これだけ食べても塩気があり、なかなかうまい。肉汁に温かいつけ汁を加えて、うどんをつけつけ食べるのだが、この汁はやはりさば節でとったもので昆布の旨味は薄い。やや醤油辛さに欠けるが、あっさりしていてうどんの味が生きる。この房州産であろう、さば節のだしは埼玉(関東平野)特有のものとみている。
 ここにかけうどんがくる。量からすると「もり」で充分なのに、この「かけ」には汁からうどんが盛り上がっているではないか。やはりこの店の「並盛り」は都心での「大盛り」に等しい。この「かけ」汁もさば節でとったもので、「つけ汁」とほぼ同じものだ。この熱い汁の中で、うどんはシコっとした食感が影をひそめて、ややモチっとしたものとなっている。なにしろ丼一杯のうどんで、汁の量が少ないというもの。汁に漬かったところは熱く、うどんの味わいよりも薄い汁の物足りなさを感じてしまう。これは汁から盛り上がり出た頂点から、うどんの塩味と腰を楽しみながら食うのがいいようだ。

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 ふたつを食べ比べてみて圧倒的に、うどん冷たく、つけ汁の温かい「もり」がうまいと思った。まあ好みの問題だが、うどんそのものの旨さが堪能できる。
 さて、後半あまりにも満腹で味の良し悪しなどわからなくなってきた。次回は「もり」と天ぷらだけにしよう、そう肝に銘じたのである。

 この「手打ちうどん さわだ」だが、けっして「驚くほどにうまい店」とは言いかねるだろう。でも埼玉らしい素朴な味わいは、武蔵野の地で出来上がった歴史のあるもの。ボクのごとき、その土地ならではの味わいをよしとするものには「このような店がいちばん好き」なのである。

沢田旦次 埼玉県入間市大字根岸461

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 大学1年生の夏休み、ボクの実家に幼なじみが大集結。そろそろ大人の階段を上り始めたはずなのに、その会話というのが「山口百恵と桜田淳子はどっちが可愛い」というものだった。友人のKFは「桜田淳子では●●がかけない」なんて卑猥なことを言うし、対するTなど「山口百恵は足が太い」と、当時の18、19歳は本当に子供っぽかったものである。ちなみにボクはその当時から流行に着いていけない異端児であって、いちばん好きな芸能人が梶芽衣子だったので会話の外にいた。この山口百恵と桜田淳子がその当時を代表するアイドルであって、このつまらない会話は実に熱をおびたものだったので今でも覚えているのだ。
 それから幾年月、人気も下降気味の桜田淳子が秋田音頭を歌っている光景をテレビで見たのである。このとき彼のアイドルが秋田県出身であることを知り。それ以来、思わぬ時にぜんぜん好みでもないアイドル、桜田淳子の秋田音頭が頭に浮かんでくるようになったのだ。

 その秋田音頭の歌詞が「秋田名物八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ、能代春慶、桧山納豆、大館曲げわっぱ」というもの。
 この「ハタハタ」「ブリコ」はともに標準和名のハタハタの身と卵巣を分けて唄ったものか? とにかく秋田名物の第一番はハタハタというのがわかる。あとは工芸品で、桧山納豆だけが農産物加工品。しかし納豆が秋田名物の代表とはね、と秋田県の土俗性に打たれる気もする。

 さて、その桧山納豆であるが、先週、有楽町交通会館でもいちばん暗いイメージの秋田物産館で見つけた。とうぜん頭の中には秋田音頭が流れてきており、目の前にあるのが桧山納豆なのだから「地納豆愛好家」としては買わざる終えない。
 見た目は見事な藁苞1本。中を開けると藁に直に納豆がくるまれている。タレ、からしなどはなく、生醤油で食べることになる。
 このやや黒褐色に近い色合いの豆が納豆菌の粘りで強固にくっつきあっている。これを我が家自家製の納豆専用太箸で練りつける。ねるほどに箸はより重くなり、納豆特有の匂いが立ってくる。練りながら、少しずつ生醤油をたらし込むとやや箸が軽くなり、糸が泡ぶく状に変化してきて、この辺りが食べ頃である。
 すすり込んだ大豆は硬からず柔らかからずほどよい甘味があり、納豆菌の匂い(風味)が強い。製造するに納豆菌を振りまいているのは現代風であるが、その菌の増殖を藁で包むことでより倍加させているのだろう。旨味が強く、納豆菌の作り出す複雑な味わいが楽しめる。これがどれほどの量作られているのかわからないが「地納豆」としては名品であることは間違いない。

14代目西村庄右衛門 秋田県能代市桧山字桧山町19-1

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 八王子市には「八王子魚市場」「八王子綜合卸売センター」「八王子総合卸売協同組合」と3つの卸売り市場がある。それぞれに食堂や喫茶店があり、市場人でもそれぞれ通い詰める店を異にしている。
 毎日立ち寄る『源七』、そこにあきる野市の魚屋『スーパー小山』さん、通称小山のとっつぁんがいて、「腹減ったな。飯食いに行ってくる」と片手を揚げている。
「どこへいくの」
「むにゅむにゅ食いに『まつえ』よ」

 この日はほとんど睡眠ゼロで起き抜けには朝ご飯が食べられなかった。そしてやや腹空き加減になったので着いていくことにする。ボクがときどき市場飯を食べるとしたら八王子綜合卸売センター『市場寿司 たか』、八王子総合卸売協同組合『光陽』と決めてしまっていて、こんなことでもなければ初めての店に入る気がしない。
 八王子魚市場の関連棟(食堂)まではほんの一分足らず。ここは道路に面して喫茶店、ラーメン屋などがあって一般客も利用しやすくなっている。そのいちばん西側にあるのが『まつえ食堂』。
 入ると思ったよりも広い。しかも中にいるのは顔見知りばかりだ。こんなところで話すのは「昔は魚がよく売れたよ」とか「そういやぁー、●●さん死んじゃったってね」とか意外に暗い話が多いのである。

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 店の奥に厨房、しきりにカウンターがあり、おかずがいっぱい並んでいる。そして手前に机と、小上がりがある。このカウンターとのしきりにあるおかずがみな魅力的だ。ガス台からじゅううじゅう、ときどき火が上がり、焼けているのは鮭らしい。この匂いにいっぺんに腹の虫が目覚める。奥の壁にはラーメンや丼物、野菜炒めや、カツなどの食堂定番メニューも目白押しである。

 ここで小山のとっつぁんが注文したのが「むにゅむにゅ」。
 なぜ「むにゅむにゅ」なのか? どうやら『源七』の若だんなが、「豚肉と玉ねぎを炒めて、甘辛い醤油味にしてくれー」とわがままな注文をしたのが、名前がつかぬままに提供されているものと言う。
「名前がないというのは違うな」『源七』の若だんなが真相をあばく。「一度は名前がついたのに年のせいで小山のとっつぁんには覚えられない」だけだったのだ。

 生姜焼き用より厚みのあるロース肉の焼き加減が柔らかくちょうどいい。そこにからんでいるのは、味醂などを加えた醤油だろう。このタレが甘くなく、辛くなく、強い火力で炒めて、微かに焦がされて、香ばしくて味わい深い。この香ばしく醤油辛く、そして豚肉のうまいのとでとてもご飯に合う。きっとビールにも合うだろうな。またボクは個人的に玉ねぎの炒めたものは、あんまり好きではないのだが、これもまた甘味が醤油味とあいまっていいのである。
 その上、『まつえ食堂』の大振り茶碗で供されるご飯がうまい、みそ汁の具がアサリだ。
「朝飯は『まつえ』だな」という八王子市場人が多いのも大いにうなずける。

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 前を見ると年寄りのクセに小山のとっつぁんが豚肉をうまそうにむしゃむしゃ、ニコニコ食っている。
「もう年寄りなんだから、朝はそばとかうどんとかにしなさいよ」
 大きなお世話かもしらないけど、心配して言うと
「大丈夫だ。オレはまだ70前だよ」
 こういう爺様を見るとボクの未来の展望が開けてくるから不思議だなー。

まつえ食堂 東京都八王子市北野町588-1
●八王子の市場に関しては
http://www.zukan-bouz.com/zkan/sagasu/toukyou/hatiouji/hatiouji.html

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