定食・食堂・料理屋の最近のブログ記事

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徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)の端山、一宇に向かう街道筋に続く商店街には、いまだに本瓦武器の街並みが残る。そしてその屋根屋根にあるのが二層式の卯建(うだつ)である。

卯建では隣町美馬市脇町の方が有名だが、実は規模が大きいが、すでに商店街は死んでしまっている。比べるに貞光の卯建のある商店街は今でも現役でがんばっている。町が生きているのだ。

さて、この真ん中あたりにあるのが『飯田食堂』である。いたって普通の食堂ながら、なにを食べてもうまい。

いつもボクが食べるのはうどんとすし。すしはちらしずしであったり、きつねずし(関東での稲荷ずし)であったり。


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この日は久しぶりにオムライスをお願いした。これがまた銘品なのだ! 今時の卵がどろり、なんてのが大嫌いなボクにとっては、この香ばしい焼き加減の卵焼きがたまらない。あまりのうれしさに、「もうだめ、だめ」と気を失ってしまいそう。当然、中のチキンライスもいい味なのだ。

全世界のみなさん、この片田舎にオムライスを食べに来ませんか?

 

飯田食堂

徳島県美馬郡つるぎ町貞光字町24-1

貞光町ホームページ
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貞光町明治橋にある「飯田食堂」のお昼ご飯は天下一品。
まあボクが子供の頃から食べていた味そのものだから、というのを差し引いてもうまいと思う。
さて、師走となり、冬到来ということで店の入り口におでんの鍋が置かれていた。
ボクは生粋の貞光っ子なので、おでんと言えば、なんといってもじゃがいもとなる。
それで早速箸でとったのがじゃがいも。

このじゃがいもがうまい。
まずかぶりつくと、じゃがいもの香りにほくっとした食感、舌触り。
そこはかとない甘みだって感じられる。
やや小振りで、箸でつまんでも崩れない。

「じゃがいもうまいだろ。一宇村(いっちゅう)のじゃけんな」
女将さんが汁をすくい取るお玉を持って、にこにこしている。
一宇は貞光の奥の奥、山また山のなかにある村だ。
その昔、二層うだつが上がる貞光の発展を支えたのは一宇村なのである。

「一宇(いっちゅう)のじゃがいもうまいんじゃな」
「そうじゃろ」
「これこうて(買って)帰れません」
「無理じゃな。あんまり作っとらんで」

あんまりほめたら、若女将さん(年若い女将さんという意味ではない。飯田食堂には女将さんが二代二人いて、若い方という意味合い)が少し分けてくれた。
一宇のじゃがいもは小振りで、最近人気のレッドアンデス(タキイ?)のように赤味を帯びている。

おでんをいろいろたくさんとって、うどんも食べて、おなかいっぱいになったのに、ついついじゃがいもをもう一本。
姫に「食べすぎだろ、おとう」とたしなめられる。

飯田食堂 徳島県美馬郡貞光町字町24
一宇村
http://www.town.tokushima-tsurugi.lg.jp/ichiu/index.html


千歳空港に降り立って、いきなりトラブル発生。
札幌についても混乱の極み。
仕方なく小樽に向かう。
本来観光地は嫌いなので、市場巡りに徹するつもりなのだ。

その小樽駅そばの三角市場でいきなり不愉快になる。
ここは客引き(客引きをする市場はダメな市場だ。下等だと思うといい。これだけで市場失格だ。個人的には三角市場には行くな、と言いたい)をする観光市場だったのだ。
ロシア産のカニがいっぱいだ。
三角市場に行く人は間違いなく、無知な観光客だな。
地物、地元で本来食べているものがなくて、お土産だけが並んでいる。
不愉快だなー、気持ち悪いと、思い、出た目の前、通りを隔ててあったのが、中央市場。
こっちはよかったんだよな。

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そこで出会った老夫婦に教えてもらったのが、『なると本店』なのだ。
「大きな食堂でみそ汁が熱々だよ」
よくわからないけど、空路をとると食べ物が喉をとおらない。
ボクは強度の高所恐怖症なのである。
だからとにかく少しずつ腹が減ってきている。

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本日最初のご飯は地元の方のすすめに従う。
ところがなんと、老夫婦おすすめの店は鶏料理で有名な店だったのだ。
まずは食券を買う。
いきなりだから、どうしていいかわからない。
でも名物は若鶏なのだから、若鶏定食にする。
このへんがボクが食通でもなんでもない証拠になる。
経緯を整理してみよう。
「小樽につく、有名な三角市場にいきなりものすごく(立ち直れないほど)失望した。その目の前に中央市場があり、ここがなかなかよかった。そしてその雰囲気のまま飯どころを聞くと、なると本店に行くといいよとなる」
だから成り行きで、その店の名物を食べることになる。

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この若鶏の唐揚げがうまいのだ。
香ばしい皮目に芳醇な中央部分。
これはうまいでしょう。
ちょっと感動しましたね。
ただし若鶏の唐揚げはご飯には合わない。
なんだかチグハグだけど、うまいことはうまい。

通された席のカウンターが寿司スペースなのだけど、目の前のネタでうんざり。
ただし若鶏の唐揚げはうまい。
店の品書きに「ざんぎ」というのがあって、これも鶏の唐揚げらしい。
どこが違うのだろう。

注文の仕方によってはうまい飯が食べられそうな、小樽の名店なのであった。

2009年7月8日
なると本店 小樽市稲穂
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/

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東京はなんと言っても東の方がいいねー。
地下鉄で隅田川をくぐり、町歩きをするたびに思う。

さてある日、所は深川不動そば。
「深川に来たら深川丼でも食おうか」なんて知人と探しても、肝心の店が見つからない。
門前の通りからそぞろ歩きして、「腹減ったなー」なんて思っていたら、路地に立派な魚屋を発見。

夕暮れ時の、いつもの無駄歩きなら、ここで総菜、刺身などを買うのだけど、今はまだ昼時だ。
と、その横に定食屋があるではないか?
魚屋の名が『富岡水産』、魚屋の奥の定食屋が『富水』とくれば魚がうまいに決まっている。

やや店内が薄暗いところを見ると、夜は居酒屋となるのではないだろうか。
思った以上に広い店内の座席は6割方埋まっている。
入店する人、出て行く人で、店員さんは大忙し、これは期待できそうだ。

いかにも下町育ちのお姉さんが、お茶を持ってくるなり、「何にいたしましょう」と聞くので、あまり考えないで本能の赴くままにサバのみそ煮をお願いした。

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待つほどもなく、やってきた定食の一点に目が止まる。
その一点はサバではなくみその方である。
これは江戸甘みそではないだろうか?

麹の多い赤みそで、微かに酸味を感じる甘口のみそだ。
確か『駒形どぜう』の、どぜう汁は西京みそと、江戸甘みその合わせ、だったはず。

肝心のマサバだけど、これは国産ものらしい。
みそをかき分けても斑紋が判然としないけど、脂ののりは明らかに輸入ものではない。

この甘みそ(?)で煮込んだ、マサバがずば抜けてうまい。
近年これほど味のいいサバのみそ煮を食べていない。
我が家では西京みそが7割に、桜みそを3割なのだけど、ここのは江戸甘みそをベースに醤油で味加減を整えている気がする。
庄内麩の入ったみそ汁も、ご飯もふっくらとしてうまい。

ほぼ満腹になり、店を後に振り向くとまたお客が店内に消えていく。
富岡水産店先では、ウナギの蒲焼きが香ばしい煙を上げて焼けている。
深川の魚屋の奥にいい定食屋あり。
隅田川を超えてきた甲斐があった。

さてさて、午後一時になりなんとしている。
吹き出す汗を拭いながら仕事場に急ぐのであった。

富岡水産 東京都江東区富岡1の8の14
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑、マサバへ
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ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
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 島根県のアドバイザーをやっていて、思いのほかありがたいことがあって、それは市内の普段着の飯が食べられることだろう。
 なかなか悪くない県庁食堂、通りすがりの旅人が入店を躊躇するような洋食店、そして肩肘どころか、どこにも装飾めいたもののない油でべとつく中華料理店などなど。
 県の職員の方も、そんなにいいもん食べていないな、なんてことも思うし、意外にこんな庶民的で普通の暮らしぶりから、公務員も人の子だな、なんてあらぬ方に想像巡らせたりする。

 さて、正午前、一仕事終えて、次の会議までのひととき。
 そろそろお昼だな、というときにボクが見つけたのが『かまや』。
 「ここにしましょう」、というと「『かまや』かーー」という声がもれた。

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 それもそのはずで店に入ったら、なんとなく知った顔に出合う。
 県庁からもほど遠からず、松江に官庁街があるとしたら、この周辺なので、背広組ばっかりだ。

 『かまや』は店の外観のいわゆる“あばら屋”に見えることといい、店内といい。
 本当に町の食堂そのもの。
 合板の壁の品書き、これまたもっぱら実用的なテーブルに、並んだ調味料。
 品書きに「焼きめし」があるのを見つけて、ここに入店してよかったと思う。
 だれも感心のないことだろうが、品書きに「チキンライス」、「焼きめし」があることが1960年らしさの最たるものなのだ。
 「チキンライス」、「焼きめし」は1960年代には食堂の品書きでは花形だった。
 まことにモダンだったはずなのだ。
 店内にいると、この一角だけの時間が1960年代から止まっているのがわかる。
 時間よ止まれ、といったのが、店内のオバチャンなのか、奥の厨房にいるであろうオヤジさんかわからないながら、強力な磁場がこの狭苦しい一角にとどまって、沈滞し、よどんでいるようだ。

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 当然「焼きめし」をお願いするべきだが、ここに「半チャンラーメン(700円)」というのがある。
 神保町(東京都)暮らしも30年以上だ。
 「半チャンラーメン」の起源は神田神保町にあり、と思っているのだけど、松江市内にふんだんにこれが見られるのだ、何故だろう。
 新しい一品として、登場しているものなのか、もしくは「半チャンラーメン」の起源は、本当は松江なのかも知れない。
 ウナギの蒲焼きの起源を探る上で宍道湖周辺は重要な地である。
 大阪に出雲屋ありだし、このあたりのことは、邪馬台国を探すがごときロマンを感じている。
 ここにまた「半チャンラーメン」の謎が加わると、松江の奥深さの証明ともなるだろう。

 まあどうでもいいことばかり書いてきたが、勘を働かせて、「半チャンラーメン」にしたら、やっぱり「半焼きめしラーメン」がやってきた。
 インスタントコンソメの風味がある焼きめしの、古くさくて、懐かしいような味に落胆して、上にのった錦糸卵が古都松江らしいな、なんてちょっと感心もする。
 松江らしい濁ったスープのラーメンはやっぱりうまくはない。
 どこにも“うまい”を見つけられなくてがっかりしただろう、そう思われるかもしれない。
 が、もしもボクが松江で暮らしていたら、3日に1度は『かまや』に来るだろう。
 とても『かまや』が気に入ったのだ。
 ボクはぜんぜん美食家ではなく、いうなれば純粋なる味の探求者だ。
 しかも「美食家=味オンチ」と確信してもいる。
 だいたい、平凡な飯に敢えて惹かれるくらいでなくて、純粋なる味の探求者とはなれっこない。
 この平凡で目立ったところのない、『かまや』のお昼はたぶん中毒性のあるものに違いない。
 それが証拠に、松江ののび太君とボクが呼んでいる、意外に食に感心の強そうな男がこの店に通っている。
 こののび太君の舌が確かであると感じた一瞬でもあるのだ。

 ちょっともの足りない昼飯を食い、「次はチャンポンが食いたいな」、食べ終わってから3秒でこんなことを思う。
 ボクは永延に痩せられそうにない。

かまや 島根県松江市東茶町
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 店に入っていきなり目に飛び込んできたのが、たぶん標準和名ガンギエイの煮つけ。
 金沢では「コッペ」という。
 ここで見た「コッペの煮つけ」のユニークであるのは皮がついていること。
 日本海から千葉県以北でよくガンギエイ科の「えいの煮つけ」を食べるけど、多くが皮を剥きとっている。
 皮付きの皮が思った以上に気にならず、むしろいい食感となっている。
 こんなことも新発見だ。
 エイの仲間でも皮の使える種とダメな種がありそうだ。
 『寺喜屋』のちょうどいい加減の味つけとともに絶品だと思う。

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 「いわしの塩いり」は金沢の代表的な家庭料理だ。
 初夏の小振りのマイワシか、秋から春にかけてのカタクチイワシが材料。
 これを海水くらいの塩水でゆでて、ゆでた湯を捨て、鍋で不要な水分を煎り飛ばす。
 これを生酢と醤油、大根おろしで食べるもの。
 簡単至極な、こんな手軽な料理が、これほどに感動的にうまいのだと初めて知った。
 我が家でも作っていたものだが、ひたすほど生酢を回しかけるのだというのがわかっていなかった。
 それを醤油を染みこませた大根おろしとともに食べるのだが、ついつい頬がゆるむ一品だった。
 『加賀の田舎料理』(井上雪 懇談社)に一皿の塩煎りが残ったら、翌日電子レンジで温めて食べるとまた違ったうまさだとある。
 これも近々試してみたいのだが、なかなかそれが実現できない。
 それほどに「塩煎り」はうまい。

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 「大根寿し」は大根に身欠きニシンを挟み込んで麹に漬け込んだもの。
 意外なことに個人的には名物とされている「かぶらずし」よりもうまいと思う。
 塩漬けのブリよりも身欠きニシンの方が旨味が濃い。
 また大根の方がさっぱり、きりりとして、加えるに舌をひんやりさせるのがいい。
 『寺喜屋』のは自家製だとのこと、帰宅して後悔したことが、お土産にできなかったのだろうか、聞けばよかったのだ。

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 『寺喜屋』の名物ではないだろうか「ぶり大根」は。
 ブリが主役ではなく、ブリをだしにした大根が主役。
 味つけは甘味も醤油気も控えめ。
 大根のうまさが際だっている。
 これは毎日作っているからこそできる味だ。
 大根二つに対して添え物にみえるブリの粗もなんともうまい。

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 粉をふいた「じゃがいもの煮たもの」は作るのにコツがいる。
 味付けも、じゃがいもらしくホクホク感を生かさなければならない。
 それが満点に近い味なんだから、素晴らしい。
 もっと食べたいと思うが、残念ながら腹に隙間がなくなる。

 刺身はマダイ、「車だい(マトウダイ)」、「がんど(ブリの若魚)」、しめサンマ。
 しめサンマはともかく、総て鮮度抜群の刺身だ。
 がんど(ブリの若魚)がこんなにうまいのが不思議でならない。
 日本海で珍重する「車だい(マトウダイ)」のもちっとした食感も光る。

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 めぎすはニギスであり、これを小骨ごとすり身にして団子としている。
 その団子を澄まし汁に入れて地味な一品だがあなどれぬ。
 ややさっぱりしすぎるほどの汁だが、塩加減がちょうどよく出しの味わいが殷々と続く。
 沈んでいるニギスの団子は骨ごとすりみにしたものらしく、微かに歯に当たる物を感じながら、その旨味に充実したものを感じ取れる。
 近年、これほど豊かな澄まし汁を飲んでいない。

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 燗酒はちろりで出てきた。
 熱燗でもなくぬる燗でもなく、ちょうどいい温かさだった。
 最後にもらったご飯もおいしくて、満腹になって、なおまだもの足りない。
 もっともっと皿数を増やせば良かったと後悔しきりだ。
 最後に、これだけ食べてもひとり二千円以下だった。

寺喜屋 石川県金沢市野町犀川大橋詰
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑(いちばぎょかいるいずかん)へ
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 魚を食べさせる、という意味合いで理想的なものが「魚屋でありながら食堂」というもの。
 『寺喜屋』は今では魚屋を廃業しているが、そのよさが残っている。
 観光的な地域から外れているために、一見さんという言い方はおかしいのだけど、たぶん観光客ではなく、実質的な「うまいご飯」を食べたくて来る人が多いのもいい。
 旅に出ていると、ついついのぞいてしまうのが魚屋の店頭だ。
 そこに見事な魚があって、「これ食べたいな」と思ったときに、すぐに「奥で食べられる」。
 刺身、煮つけ、塩焼きに汁とご飯があれば言うことなし。
 ちょっと昼間から羽目を外して熱燗などをいっぱいやれるとうれしい。
 この店頭から奥までの時間や距離(長さ)が短いほどいい。

 ときどき観光地の魚屋で食堂を併設しているところがある。
 店先で魚を見ていて、奥に入ったら立派な写真入りの品書きが置かれていて、そこにお座なりの定食が並んでいて心底がっかりすることがある。
 それだけで店を飛び出したくなって、不満を無理に抑えるだけで食欲が失せてしまう。
 きっとそういった店の経営者は、魚屋が持つ食堂の利点・意味がわかっていないのだ。

 話はそれるけどボクが今とりくんでいるのが「島根県の魚をいかに売るか」ということ。
 島根県には国内でも有数の観光地が数カ所あり、しかも水産県でもある。
 例えば松江市内には素晴らしい魚屋が多々あるのだけど、観光客には店先の見事な魚が遠く遠く感じられるのだ。
 店先の魚を遠く感じさせるのは、旅館、料理店、居酒屋(当然一部の店はのぞく)がおざなりの料理を出しているから、目の前の魚にほれこんでいないためだし、機動性(季節ごとの臨機応変さ)を欠いているからだ。
 そこにあるのは地の魚のなれの果てであり、言うなればカスだ。
 地場で水揚げされた魚が近く近く感じられる店があったら、どれほどに水産県島根を宣伝できるだろう。
 また水産物の消費量も増えるはずだ。

 閑話休題。
 『寺喜屋』は魚屋をやめてしまっている。
 では金沢に揚がる魚からして店で出す料理が遠く感じるかというと“否”。
 むしろ近く感じられる。

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 早朝から中央市場を歩いている、そのままの魚がここにあって、しかも金沢の伝統的な料理が存在する。
 中央市場には地元の方だけではなく、他の地方からやってきている人も多く、市内で地元ならではの料理が食べられないと言う。
 要するに華美にすぎ、質が伴わないものが多すぎるのだろう。
 そこへいくと、『寺喜屋』の料理には飾りがなく、しかも地魚があって、味がいい。

 とかく観光地には嘘が多い。
 法外な料金に見合わぬ料理が膨大に存在して、ボクなど「だから観光地は嫌いだ」と思うのだけど、「『寺喜屋』で食べた」がために金沢の印象がすこぶるよくなっていったのだ。

寺喜屋 石川県金沢市野町犀川大橋詰
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 1980年代のなかばに福井県から日本海を北上する旅に出た。
 二泊三日で出来るだけたくさんの港と魚を見たい、というあてのないクルマ旅だ。
 当然、金沢では近江町市場を見て、もうひとつの目的であった『寺喜屋』を目差した。
 クルマで犀川大橋までたどり着いたとき『寺喜屋』は探すまでもなく、店の前にお客が並んでいたために、否応がなくそれと知れたのだ。
 現在もその当時も同じように、“並ぶ”のが嫌いなので、そのままクルマを能登半島に向ける。
 当時『寺喜屋』は表は魚屋で、奥が食堂になっていたはず。
 ラジオ番組で永六輔(著名人なので敬称略とする)がうまいと言ったのを聞いて、“行きたい”と思ったわけで非常に短絡的な話ではある。
 ちなみにボクは、当時どころか小学生のときから永六輔ファンをやっている。
 そのときの諦めが、今でもしこりのように残っていて、同行のヤマトシジミさんを誘っての『寺喜屋』だ。

 市内近江町市場を見て、武蔵が辻バス停から野町を目差す。
 店に近い停留所をひとつ行き過ぎてしまった。
 雲一つない蒼い蒼い空、日差しが強くて風がない。
 そこを明らかに太りすぎの旅人二人が腹をすかせて、のっしのっしと歩く光景はいかなるものだろう。
 古い三階建ての木造建築、神社らしい土塀、小さな和菓子屋、バスを降りて家に向かっているらしき母子。
 この短い時間が唯一旅心を感じられたのだ。
 ふと目的のない旅がしてみたくなる。
 「寺喜屋という店を探しているんですけどご存じありませんか」
 人に問い。
 ヤマトシジミさんがケータイで場所を確認しながら犀川べりにたどり着く。

 『寺喜』とあるビルの割烹料理屋があって、一瞬これが『寺喜屋』のなれの果てなのかと心配になるが、すぐ先に昔と変わらぬ『寺喜屋』があった。

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 犀川大橋は工事の真っ最中、その前にある店は当時と変わらないものの、店の前に魚屋らしい様子がない。
 脇に暖簾がかかっていて、そちらから同行のヤマトシジミさんが引き戸を開けて「もうやってますか?」と尋ねたのが『寺喜屋』の営業開始時間である11時半のほんの少し前。
 前回の行列の印象が残っていたので、満を持して営業開始時間を狙ったものだ。
 店に入ると、大皿にうまそうな総菜類が並ぶ。
 ジャガイモを粉ふきに煮たもの、いわしの塩いり、青菜の煮浸し、たらの煮つけ、帆立の煮物、こっぺの煮つけ。
 端から見ていくに、全部食べたい衝動に駆られる。
 ここでとくに金沢らしいものが「いわしの塩いり」である。
 金沢から能登半島までの地域にみられる伝統的な料理で、ボクも文献でみて自家製している。
 これを地元で食べられるのがうれしいし、自家製するものとどう違っているのかを確かめられるというのにワクワクしてくる。

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 さて、引き戸の奥で「やってますよ、どうぞ」と言った女性はどうやら開店準備で忙しいようだ。
 奥の小上がりとなった座敷で、注文をとりにくるまで棒茶を飲みながら待つ。
 棒茶は茎茶を強く煎ったものでコクがあり、香ばしい。
 これも金沢らしいもので旅人にはうれしい。
 考えてみるとヤマトシジミさんともども午前6時以来、ほとんど歩きっぱなしだ。
 座敷に座り込むとふくらはぎがジンジンする。
 ほどなく、ややせわしない様子で注文を取りに来てくれた。

 注文したものを挙げていく。
「こっぺ」はたぶんガンギエイの煮つけ。
「いわしの塩いり」。
 いわしはカタクチイワシだと思われる。
 これを塩煮して最後に水分を飛ばしながら炒る。
「大根寿し」。
 金沢と言ったらブリを使った「かぶらずし」が有名だが、これはあくまでも晴れの料理。
 対するに大根ずしは、日常的なものと言えそうだ。
 大根に身欠きニシンを挟み、麹で漬けたもの。
「ぶり大根」。
 たしか当店の名物であったはずだ。
 ブリではなく大根が主役だ。
「じゃがいもの煮たもの」。
 粉ふき加減に惹かれてお願いした。
 男爵系を煮くずれさせないで、適度に粉を吹かせてたくのはとても難しいのだ。
「刺身盛り合わせ」。
 マダイ、「車だい(マトウダイ)」、「がんど(ブリの若魚)」、しめサンマ。
「めぎすの吸い物」。
 めぎすはニギスであり、これを小骨ごとすり身にして団子としている。
 そしてボクは午後から仕事がないので、燗酒。
 午後からも仕事があるヤマトシジミさんにごめんね、ごめんねといいながらいただく。

 さて「金沢市寺喜屋での昼ご飯」は02へ続く。
 
寺喜屋 石川県金沢市野町犀川大橋詰
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 ボクの生まれたのは徳島県美馬郡貞光町南町。
 四国で二番目に高い山、剣山への街道筋にあたる狭い道路が商店街になっていて、それはそれは小さな街だ。
 宮尾登美子の「天涯の花」では隣町の太田というのも町域に入っているが、本来の貞光はまことに狭い地域であった。

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二層うだつのあがる街並み

 市街地は貞光川にそって広がっている。
 子供の頃には大衆浴場三軒、ガメラや海底大戦争、若大将シリーズを観た映画館(今もある)、鄙には希な大きな長屋が道沿いにある。
 そして貞光の街を特色づけるのが江戸時代、明治期、大正期、昭和初期の商家の建物であり、その黒い瓦屋根にあがる二層のうだつだ。
 これが今でもちゃんと残って人が暮らしている。

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町に今でも残る巨大な長屋

 さて、ボクは商店街に生まれた。
 その家から北に歩いていくと、いろんな店が連なっている。
 通りを隔てた前が貞光薬局、金川金物店、真鍋の下駄屋、谷米屋、和菓子の一屋、時計屋さん、阿川酒造。
 隣の家が阿佐商店、そのとなりが藤本、造り酒屋の折目があり、美人のお姉さんがいた谷医院、飯田の散髪屋(さんぱっちゃ)、福島楽器店、そしてまたまた北に歩いて明治橋を越えると果物屋、鞄屋、洋品店などがあり、武田人形店、魚屋の三崎屋、千代の屋、そして現在でも営業している飯田食堂がある。
 商店街にはたくさんの食堂があったのに、古くからの店はたった二軒だけとなっている。

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 特に飯田食堂はたぶん明治か江戸時代の貞光ならではの建物であって、そのまま改築することなく営業が続けられているのだ。
 懐かしいので帰郷するたびに必ず飯田食堂にだけは立ち寄る。
 だんだん衰退していく徳島うどんをだす希少な店でもあるし、昭和三十年代いらいの懐かしい中華そばだって、徳島ならではの“ばらずし”、“きつねずし(いなりずしではない)”だって食べられる。
 一年ぶりの今回はかなり腹減り状態だったので、日替わり定食を食べる。

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 出てきたのは単なる家庭料理的なハンバーグ、焼き鶏、なすのみそ煮、大正金時、みそ汁。
 平凡極まりないものだろうと、ひとくちハンバーグを食べてみて、じわじわと驚きが脳裏に広がってくる。
 これが懐かしい手作りの味だった。
 ちゃんと丸めて、平たくして作っていて、ファミレスの焦げ目すら計算され尽くした無機質さの対岸にあるもの。
 みそ汁の、味噌の味がこれまた昔ながらのものだし、ナスの炒め煮、飯田食堂自慢の焼き鶏もいい。
 そしてそしてだ。
 ボクがいちばん感動したのは大正金時の煮豆。
 我が故郷では、ばらずしにだって煮豆が入っている。
 そして煮豆といったら大正金時以外には考えられない。
 これをほっくりと甘さ控えめに、粉を吹かせて炊いてある。

 全部手作りの温もりのある定食が650円。
 ここで昼を食べるたびに、「故郷で暮らしたい衝動」が起きる。

飯田食堂 徳島県美馬郡つるぎ町貞光字町24-1
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 島根県松江市は日本を代表する観光地だ。だからうまいもんはいっぱいありそうだけど、いざ気軽にうまいもんを食べたいと思うと、なかなか見つからない。それで松江市のお魚の供給地である松江魚市場でうまい店を聞いてみた。すると幾人ものひとが「かねやすさんところがええな」と口を揃える。「あそこは昼もやっちょるんだろうか、今電話してあげるわ」。昼もやっているというので、その日の11時半近くに店を探す。

 駅前から北、正面を見るとJFしまねのビルが見える。その道を北上すると一本目に左に入る道があり、探すこともなくすぐにみつかった。入り口は二間ほど、こぢんまりした店で入ると長いカウンターが左手に、右手に厨房がある。店の回り、店内になんの無駄な飾りも見られないのに「これは間違いなくいい店だ」と直感する。
 残念ながら普段は11時半にはやっているというのが、今回はまだ暖簾を掲げていない。それで中で待たせてもらう。厨房では忙しそうに人が動いているのがわかる。ご飯の湯気、みそ汁の香り、煮つけらしい醤油の香りが、空腹であるボクを襲撃してくる。

 何気なく正面の壁を見ていると、島根県の地ワインがいっぱい350円とあり、原料はメルロー種であるという。

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 これをいっぱい飲みながら待っていたら、サバの煮つけがバットに盛られてカウンターの裏側におかれた。これがたまらなくいい匂い。これを一皿いただき、ワイルドな甘さを感じさせるメルローワインを飲む。意外なことにサバの煮つけとメルローが合う。サバにまったく生臭さや、煮汁に濁りがないのはよほど新鮮なものを使っているせいかもしれない。

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 そして定食は刺身にする。塩焼きもサバで、もう一品、魚のアラの煮つけが加わるが、なんだか生ものが食べたくなったのだ。
 出てきたのが「はまち(ブリの若魚。当然天然である)」とイカ(種類はわからなかった)。この回りにある妻がいいのだ。過不足なく豊かな感じ。脇には切り干し大根、冷や奴に熱いみそ汁。これは理想的な昼飯である。刺身の味からしていいのだ。たぶん島根半島のどこかで揚がったに違いない「はまち」で味わいが軽い割に旨味をちゃんと感じられる。冷や奴にたっぷりのった薬味もうれしいな。

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この定食が650円というのはすごいな

 みそ汁は、さてなんだろうと言うと、さすがにすぐそこは宍道湖であって、シジミ。松江に来たらみそ汁はシジミだな。この味噌の加減も香りもいい。
 ひとつだけ残念なのはご飯が軟らかすぎること。これが昼に遅れまいとして、蒸らしが足らなかったためかも知れない。
 さて魚市場のプロたちおすすめの『かねやす』は店員さん達の接客もよかった。これは松江に行くたびに昼飯は『かねやす』に決まりかも?

かねやす食堂 島根県松江市御手船場町569-3
http://www.isurutown.com/matsue/gurume/0005/

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