その昔、「肝っ玉かあさん」というテレビドラマがあって、いかにも庶民的な街のそば屋が舞台であった。そう言えば主演の京塚昌子は死んでしまったなー。このドラマが大好きだったのである。そして、この舞台となるそば屋の大正庵というのがボクの「そば屋」というイメージの原点となっている。なぜなら徳島にはそば屋がなかったからである。もちろん市内(徳島市)にはあっただろうし、祖谷地方ではそば食が盛んなのだが、おしなべて徳島県では「うどん屋」はあるが「そば屋」というのはない。
これは蛇足だが、その「大正庵」のモデルが神保町の「出雲そば」だという人がいて、あまりに店の雰囲気が違っているのでがっかりした覚えがある。どう見ても「大正庵」は「出雲そば」とは別の系統、すなわち下町のそば屋である。
その街のそば屋を見事にそのまま営業し、存続させているのが我が『まつ浅』である。この店、八王子でも日野市との境、大和田というところにある。まず「そば通」と言われるいかがわしい、世間知らずは行かないだろうな、という店である。
ちなみに、そば通好みの店というのがボクは大嫌いだ。耐えられない。「石臼で引き立てのそば粉」、「国産」、そばつゆがどうの、本わさび使っています。そばに合う酒を用意していますなんて、御託を並べて、亭主みずから「通」ぶっている。このような「売り」はプロなら隠して置いて当然だ。だいたいそんな店ではゆっくりそばを味わう気になれない。基本的にボクが好きなのは神田須田町松屋や並木やぶのような「そばのうまい店」、そして『まつ浅』のように昼飯を食いに行くような店だ。「つうつう」鳴くやつが詣でる「つうつうぶる」店主のいる店はお呼びでない。
閑話休題。
『まつ浅』は「そば屋」という名の食堂である。麺類で言えば、そばもあるがうどんもあるし、中華麺を使ったラーメンもその親類筋もある。そば屋の定番であるカツ丼、天丼、親子丼があり、カレーライスも、チャーハンもある。そう言えば神奈川から町田、八王子あらりに「サンマーメン」というのがあって、それもここにはある。そのいっぱいある品だけでも目移りして混乱する。ときに決めかねて困ってしまう。その上、もっとボクを困らせるのが、これらをごちゃごちゃに組み合わせた「セットメニュー」である。サンマーメンとミニカツ丼なんてのも惹かれるし、盛りそばとミニカレーというセット840円というのもいい、また神保町の「さぶちゃん」ではないが半チャンラーメン840円もある。この品揃えがみな、それぞれいい味なのだ。おしなべて都心よりも値段は高めであるが、これは東京の西側にある郊外都市では普通なのである。例えば『まつ浅』で840円のセットを食べると100円の割引券をくれる。だから常連となるとセットが740円となる。だいたい『まつ浅』に駆け込むときには“腹減り状態”の極限にある。それなのに注文を決めかねて、ときどき脳溢血を起こしそうになる。そば屋で注文を決めかねて悶死というのも寂しいものだ。せめてそば屋で死ぬなら「そな清」といきたい。
そして、今回の品書きは天重である。これが900円。どうしてこれを食べに来たかというと、兄弟で経営する『まつ浅』の弟、通称浅やんと八王子魚市場冷凍部でばったり会ったのである。その手にあったのが「メキ」。飲食業で「メキ」とはメキシコ産のホワイトエビのこと。これを今調べているところなのだが、ブラックタイガーが人気を博す前、メキシコのクルマエビ科クルマエビ属のエビが盛んに輸入されていて寿司屋でも定評があった。でも現在ではやや高いのが嫌われてあまり使われなくなっているのだ。
メキ一箱の浅やん、語るに。
「やっぱりメキの天ぷらは味がいい。だからウチではこれしか使わないよ」
いきなり自慢されたので、いきなり食べに来たというわけ。
これが自慢するだけのことはある。確かに揚げたてのエビ天の味は最高にうまい。エビの甘い味わい、風味が生きている。しかも顔に似合わぬさっぱりした丼つゆ、これもいいのだ。結局ブラックタイガーとメキシコ対決は曖昧なまま、しっかりうまい昼飯を食べてくる。
浅やんはボクの連載する『つり丸』の“寿司コレ”の登場人物にして、主役である。当たり前だが超釣りキチ。釣りの話をし始めると止まらない
まつ浅そば店 東京都八王子市大和田町6丁目12-28 042-642-1720
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
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福井県越前市ふじや食品「玉やっこ」 後の記事 »
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