浜田市紺屋町は古い家並みや商店が残っていて、なかなか魅力的なところだ。
時間があれば一度じっくりと無駄歩きしてみたいと思っている。
そんな紺屋町で見つけたのが『食堂 自由軒』である。
店の表からは新しいのか古いのが判然としない。
ただ「港町」、「自由」という文字から、明治2年に洋食の国内での始祖草野丈吉が大阪で開店した『自由亭』が思い浮かぶ。
明治、大正、昭和と「自由」という言葉は至ってモダンであった。
とすると創業は何年だろう。
聞いてみると昭和8年と非常に古い。
東京都内、例えば「煉瓦亭」や「たいめい軒」といった老舗と比べても、古さで負けていないだろう。
島根県浜田市という鄙びた地方都市が昭和初期、モダンで先進的な土地であったことが、ここに想像できる。
店の壁に大きな写真があってオムライスとカレーがある。
その上の看板が変に小ぎれいで薄っぺらなのが気になる。
この看板類は、せっかくの古い歴史を、隠すマイナスの結果となっている。
この外から、中に入ったときのギャップが凄い。
まずは店内が薄暗い。
壁に打ち付けた合板の色合いが焦げ茶色で、細長い蛍光灯が並んでいるのだけど、晴天の外光に負けてしまって、照明器具としての勤めを果たしていない。
お客は老人がひとり。
テレビを見ていて、そのニュースというのが隠岐水産高校の練習船が追突沈没したこと。
ちょうど乗り合わせていた教官が、幼なじみの大谷一雄なので画面に見入ってしまう。
さて、なににすべきかと悩みに悩み、結局表にあったオムライス650円に決める。
ここで同行していたバシ君とダイコクさんが和定食750円を注文する。
この約2名の「ものを考えない」資質に疑問を感じる。
洋食屋に来たら洋食を食べるという良識のある選択、君たちには出来ないのかね?
ちなみにやって来た和定食のうまそうであったこと。
かなり悔しい思いをした。
バシ君、特に君は弟子としては不貞だ。
心のなかで頭を「バシバシ」してやる。
ほどなくやって来たオムライスはいたって在り来たりのもの。
出色ではないが玉子焼きが香ばしく、ケッチャップライスもほどよくうまい。
残念なのはベチョベチョナポリタンとかポテトサラダがついていないこと。
まあ、これはボクのあまりに個人的な好みなので、これ以上言うまい。
とにかく、なかなか満足至極のオムライスであった。
これなら浜田の『自由軒』でオムライスも悪くない。
次回、浜田のお昼はカレーライスにしようかな?
支払いに立つと、この店のレジスターに目が釘付けになる。
まことに古めかしいもので、これは「レジ」ではなく明らかに「レジスター」なのである。
ガチャチンと支払いを済ませて、大急ぎでクルマに戻る。
浜田市での自由な時間はあっという間に過ぎていく。
思うに公務員のお昼時間、短か過ぎないだろうか?
公務員だって人間なんだ、昼飯ぐらいゆっくり食わしてやれよ、なんて思う。
急ぎ、帰る道すがら、『自由軒』のお隣にあった『くずの花』(ここが当初の目的だった)という食堂が気になってくる。
まことに浜田市には面白い飯屋が目白押しなのだ。
島根県浜田市『自由軒」
http://www2.crosstalk.or.jp/jiyu/
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑(いちばぎょかいるいずかん)へ
http://www.zukan-bouz.com/
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