2006年7月 2日アーカイブ

 暮れなずむ新大橋通に煌々とともる灯。それが「きっちん さち」である。見たところカウンターだけのいかにも下町然とした洋食屋である。一目見て惹かれるところ大。よく見ると店の隣のイラストカンバンにも「下町洋食」とある。

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 サッシの引き戸が入り口であり、そこがくの字のカウンター。中にはイラストのおじさんと、女将さん。入った途端にいい店だなとしみじみ思わせる何かがある。先客はカウンターに3人、奥にもテーブルがあるがそちらにはお客はいないようだ。この3人、どうも常連さんである様子。
 常連さんとオヤジさんの会話がいい。
「できてどれぐらい経つのかな」
「そうね今年で30年目くらいかな。はやいね」

「お客さん、なんにしますか?」
「なんかおすすめってあります」
「うちはどれもうまいんで、これといってないんです。」

 ここで迷った末にロースカツ定食850円を注文する。これは『とんかつの誕生』(岡田哲 講談社)を読んでいることもあって、洋食屋にはいったらどうしても「とんかつ」となるのだ。この本によると「とんかつ」の原型は明治28年に銀座の『煉瓦亭』で生まれた。ただしこの「豚肉のカツレツ」はあくまで西洋料理コートレットもしくはカットレットの豚肉版でしかない。パンにやや多めの油とバターを入れて焼くようにフライにする。これを上野の『ポンチ軒』で今のようにやや厚切りにした豚肉をたっぷりの脂の中で泳がせるように揚げる工夫をして「とんかつ」の誕生となる。

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 こんなことを考えていると、テンポ良くうまそうなロースカツが出来上がってきた。粗挽きのパン粉でをつけてあげられたロースはさっくっとして、なかの肉はジューシーである。つけ合わせの野菜もたっぷり。ご飯は、これが普通盛り? まさかボクの体形を見て大盛りにしたんじゃないよね。そして自家製だろうかお新香。カツを味わってみそ汁を飲んで驚いた。かなり濃度の高い辛口のみそ汁であるが、出汁のうまみが感じられること。そしてそんな濃厚なものなのに吸い口がさっぱりしている。
「うまいですね。みそ汁」
「ロースもうまいでしょ」
 これは女将さん。
「そうでしょ。みそ汁にはゆずを絞り込んでるの。うまいでしょ」
 ご夫婦の対応がいたって気持ちのいいもの。こんな店は絶対に多摩地区、新興住宅街にはない。

 そう言えば昔、「ありがとう」というテレビドラマがあって、これは下町から新興住宅地のあたらしく出来た商店街に越してきた魚屋の話だったように記憶する。そんな下町の近郊住宅地への移入なんてこと本当にあったんだろうか?

 さてさて江東区住吉の夜は更けていく。そして現(うつつ)の西に向かうのだ。

 秦野駅前からクルマで10分ほどのところに「実朝の首塚」がある田原ふるさと公園というのがある。そこにある「ふるさと伝承館」という農産物なども直売する建物の一角にあるのが『そば処 東雲』。ここのそばがうまい。

 当日は、山を谷ありの道を超小型折り畳み自転車で駅近くから50分もかかってたどり着いた。顔が真っ赤になって座り込んだのだから、きっと店のおばさんも驚いたことだろう。ついつい生ビールをグイ。
 人心地ついてから、腹がペコペコになっていたので「天ざるセット」930円を注文した。これは天ざるに古代米のご飯と漬物がついたもの。いつもならきっと大盛り天ざるにしていたはずなのに空腹感のために米粒が食べたくなったのだ。考えてみれば白めしが好きなので、古代米だろうが炊き込みご飯だろうがうまいと感じるはずがない。これは失敗だった。まあそんなことは置いて。
 主役のそばは太い細いがあるものの、香りが高く味わいのよいもの。これは鄙の良さがあるというか、都会のそば屋のように無個性で変に洗練されていないところがとても好感が持てる。また薬味のネギの味わいも、精進揚げの野菜も新鮮なためだろうか、まことに味わい深いものだ。次回は天ざるの大盛りと心に決めて、また遙か駅前まで自転車をこぐのだ。
●この『そば処 東雲』のある「ふるさと伝承館」には農産物直売所がある。これもすごくいい。でかい柿を2袋、里芋、ステックセニョール、漬物などたっぷり買い込んできた。
2005年11月27日記す

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秦野東地区農産物直売研究会
http://3net.jp/denshokan/

 年に一度だけしか外食で食べないのが冷やし中華である。ただし神保町暮らしの身にはすずらん通りに『揚子江菜館』というのがあって、会食のときには必ず食べるのだけれど、これは所謂冷やし中華ではない。どうもこの『揚子江菜館』が冷やし中華を初めて作った店とされているが、食べるに麺は茹でていない(たぶん蒸しているのだ)、また具材が明らかに本格中華料理の前菜にあたるものである、などで「冷やし中華」とは別物といった感がある。また宮城県にある中華料理店で作られたという説もあるらしいが、これは「食べてない」ので置いておく。
 さて、冷やし中華はラーメンの鹹水たっぷりの麺を茹でて、水で洗い冷たくして、水切り。たぶん冷やし中華用の皿(河童橋でよく見かける)に麺を乗せる。そこにチャーシューかハム、キュウリ(これがなくては始まらない)、錦糸卵を乗せて甘酢をかけ回して辛子を添えたもの。ここに、ある店では茹でたもやしをのせたり、また蒲鉾がのっていたり、また茹でたキャベツと遭遇したことまである。この茹でたキャベツというのは宮城県の『龍亭』が初めて創作した冷やし中華にものっているというので、それなりに理由というか「キャベツをのせる」中華料理店の流派があるのかも知れない。
 ただしボクが好きなのは錦糸卵、キュウリ、ハムがたっぷりのったものだ。このハムをのせる冷やし中華はそば屋で出てくるものに多く、そば屋の冷やし中華にチャーシューがのっているとがっかりして無性に暴れてしまいたい衝動に駆られる。

 今年の冷やし中華初めは7月1日、八王子総合卸売協同組合『光陽』で。ここはいたって普通のもの。タレも市販のものだし、気取りがない。ただし『光陽』のお母さんの工夫はなるとをせん切りにして彩りに加えたこと。また麺は八王子市横山町の岩本製麺のものだからまずくなるわけがないのだ。

 でも冷やし中華を年に一回しか食べない最大の理由が、「食った気がしない」からだ。大盛りを食っても昼飯としてはもの足りない。これは酢を使っているせいなのか、冷たいためなのか。またラーメンが500円だとして冷やし中華が750円というのも理由である。食堂の料理の値段は材料費と手間で決まるのだが、冷やし中華はともにかかる。たぶん作る側としては最低でも850円欲しいなと思っていても750円でしかない。『光陽』なんて650円なのだからもっともっと偉いな。
 さあ、まだセミも鳴いていないのだけれど今年も梅雨明け近い。これからは我が家の昼ご飯は冷やし中華というのが多くなる。

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 八王子は地下水の豊富なところであるが、意外なことにうまい豆腐屋は少ない。街歩きのついでに豆腐屋をみつけると必ず木綿豆腐を買っては失望する。これはどうも水と言うよりも豆腐造りの技術に劣るのではないかと思っている。そんな街歩きで唯一、うまい豆腐を作っているのが神山豆腐店である。陣馬山に向かうバイパスのひとつ裏路地にひっそりとある目立たない豆腐店なのだが、店は古いが店内はすこぶる清潔。大きな水槽には地下水が豊富にかけながされ、そこからひょいとすくって白いパックに入れてくれる。ボクはいつもここで後悔しきり、いつも鍋やタッパーを持ってこようとして忘れてしまうのだ。この一連の女将さん動作がとても美しい。
 ここで買うのが木綿豆腐。東京風の長方形、そしてやや柔らかめのものである。口の中で微かだが甘味が感じられて、またほどよく大豆臭いのが何とも言えずにいい。近年、スーパーなどで喧伝されている「濃厚に甘くて、そしてべっとりしたもの」とは違って、すっきり普通の豆腐で、湯豆腐にも冷や奴にも向いている。当然のことだが豆腐がうまいと厚揚げや油揚げもうまい。

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神山豆腐店 東京都八王子市元横山町3丁目11-8

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