暮れなずむ新大橋通に煌々とともる灯。それが「きっちん さち」である。見たところカウンターだけのいかにも下町然とした洋食屋である。一目見て惹かれるところ大。よく見ると店の隣のイラストカンバンにも「下町洋食」とある。
サッシの引き戸が入り口であり、そこがくの字のカウンター。中にはイラストのおじさんと、女将さん。入った途端にいい店だなとしみじみ思わせる何かがある。先客はカウンターに3人、奥にもテーブルがあるがそちらにはお客はいないようだ。この3人、どうも常連さんである様子。
常連さんとオヤジさんの会話がいい。
「できてどれぐらい経つのかな」
「そうね今年で30年目くらいかな。はやいね」
「お客さん、なんにしますか?」
「なんかおすすめってあります」
「うちはどれもうまいんで、これといってないんです。」
ここで迷った末にロースカツ定食850円を注文する。これは『とんかつの誕生』(岡田哲 講談社)を読んでいることもあって、洋食屋にはいったらどうしても「とんかつ」となるのだ。この本によると「とんかつ」の原型は明治28年に銀座の『煉瓦亭』で生まれた。ただしこの「豚肉のカツレツ」はあくまで西洋料理コートレットもしくはカットレットの豚肉版でしかない。パンにやや多めの油とバターを入れて焼くようにフライにする。これを上野の『ポンチ軒』で今のようにやや厚切りにした豚肉をたっぷりの脂の中で泳がせるように揚げる工夫をして「とんかつ」の誕生となる。
こんなことを考えていると、テンポ良くうまそうなロースカツが出来上がってきた。粗挽きのパン粉でをつけてあげられたロースはさっくっとして、なかの肉はジューシーである。つけ合わせの野菜もたっぷり。ご飯は、これが普通盛り? まさかボクの体形を見て大盛りにしたんじゃないよね。そして自家製だろうかお新香。カツを味わってみそ汁を飲んで驚いた。かなり濃度の高い辛口のみそ汁であるが、出汁のうまみが感じられること。そしてそんな濃厚なものなのに吸い口がさっぱりしている。
「うまいですね。みそ汁」
「ロースもうまいでしょ」
これは女将さん。
「そうでしょ。みそ汁にはゆずを絞り込んでるの。うまいでしょ」
ご夫婦の対応がいたって気持ちのいいもの。こんな店は絶対に多摩地区、新興住宅街にはない。
そう言えば昔、「ありがとう」というテレビドラマがあって、これは下町から新興住宅地のあたらしく出来た商店街に越してきた魚屋の話だったように記憶する。そんな下町の近郊住宅地への移入なんてこと本当にあったんだろうか?
さてさて江東区住吉の夜は更けていく。そして現(うつつ)の西に向かうのだ。
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神田猿楽町、松翁の「あさりそば」
はじめまして
ふと思い立って近所のごはんやさんを検索していたら、このページにいきあたりました。
30日、常連?としてあなたの横に座っていたものです。
きっちんさち大好き。
この日は確かにお味噌汁がすこし濃いかんじがしましたが。
おみそしるにゆずってあうんだなってこの店で知ったんです。
私はハンバーグ、しょうが焼きが主ですが、この日ははじめてかじきを食べました。
本当になんでもうまい。
そして、おじさんが大変いい人でついつい仕事帰りに寄りたくなる一軒です。
じゅんころさん、よくわかりましたね。私、ときどき時間があくと下町の商店街を見て歩くんです。住吉の商店街の豆腐屋さんは魅力的でしたが、高島屋で飲み過ぎてしまい、いざ行ってみると閉店していました。残念至極です。初めて見る納豆があったのに。
またときどき「きっちん さち」に寄ってみたいと思います。
またこれは大きなお世話かも知れませんが、早食いはいけませんよ。