「松翁」は仕事場から10分ほどの距離、神田猿楽町にある。少し歩くが、ときどき無性に行きたくなる店である。とにかくそばのうまさは都内でも最上級の店。夕方からはそばと酒をじっくり味わえる店になるのだが、この点でも言うことないだろう。
さて、ざる850円と、値段はかなり高め、これがちょっと肴をとり冷酒を飲むと5〜6千円は消えていくだろう。こんな値段でも納得のいく味わいなのは実力というもの。
ここでお勧めなのは天ぷらそば。これは揚がった順番に運んできてくれて、これなど天ぷらや顔負け。仕入れる穴子に関してはときどき「?」なときがあるが、毎回満点に近い揚げ方、ネタ選びであう。
また季節の素材をつかった温かいそばがあって、これがとても魅力的だ。冬にはカキ、生海苔を使った「花巻」。実を言うと温かいそばというのはめったにうまいものには出合わない。そんな希有な存在である松翁は。
さてまだ寒の時期に、注文したのは珍しいアサリを使ったもの。たしか1300円くらいだったろう。アサリは特大。見た感じでは中国産だと思われる。しかしこの時期国産よりも輸入物のほうが身が太っている上に味がいいのだ。業者に仕入れを任せているのか不明だが、この点でも合格。
さてアサリを使ったときにいちばん失敗するのは、やや塩分が高い方がうまいということがわからないで、中途半端な味わいにしてしまうこと。アサリの旨味は塩分に等しいのだから決して、つゆの濃度は低めにしてはいけない。
出てきたアサリそば、これは正しく絶品である。なにしろ大振りのアサリの身がぷっくりとふくれて、旨味と甘味が豊かに感じられる。そこにまたアサリの旨味いっぱいの汁と香りの高いそば。たぐっていて豊かな気持ちになる。
作り方がわからないが、やや少な目につゆをはり、そばを入れて、酒蒸しにした殻つきのアサリをのせ、そのつゆも回しかける。さっぱりしている味わいから考えると上にかぶせたのはアサリの潮汁かも知れない。こんなことを考えさせるだけで優れた一品だろう。
味はいつも満点に近い「松翁」であるが、ひとつだけ弱点をあげるなら接客だろう。主人夫婦の接客は残念ながら最低ラインである。注文を間違える、忘れるは日常茶飯事。厨房の職人をいきなり怒鳴りつける女将さんというのも珍しい。まあ、こんな雰囲気も楽しいではないか? と思える今日この頃だ。
千代田区猿楽町2-1-7
●2006年2月7日記す
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