大磯にある「真壁豆腐店」は関東にあってもっとも好きな豆腐店である。もともと大磯は相模湾を臨む一漁村であった。これを国民健康のために海水浴を取り入れようとした松本良順が、日本初の海水浴場を開いたのが明治18年。以後、伊藤博文など政府高官の別荘地として発展してきた。明治39年創業という「真壁豆腐店」もそんな別荘族のために出来た大磯の老舗群のひとつだろう。
今でも近所には敷居の高そうな蒲鉾屋や和菓子屋などがあるがここはいたって庶民的な店。この店に吉田健一の父であり、元首相の吉田茂が豆腐を求めていたのは有名な話だが、店内に入ってもそんなこと気振にも感じない。ちなみに吉田茂が買っていたのは、この店のもっとも値段の安い木綿豆腐。これだけでこの気骨がありしかも今時の政治家に微塵も存在しないリベラルな考え方を多大にもった政治家であったというのがわかる。ついでにボクもいたってリベラルで人道的、しかも平和主義者なので買って帰ってくるのは普通の木綿豆腐。これはお金がないからでは、ぜんぜんなくないが、ほとんどない。
伊豆や小田原まで行くと、帰りは料金の高すぎる小田原厚木道路で厚木に出るのが早い。それを遠回りして1号線を信号機につかまりながら、しかも時々渋滞に悩まされて、大磯にたどり着く。
いつも買うのは木綿豆腐1丁140円と辛子豆腐180円、油揚げ120円(2枚入り)である。「笹のつゆ」という高い豆腐もあるのだが、これがうまいにはうまいが、その旨さが酒を引き立たせない。そう言えば、ボクが普通の木綿豆腐を好きなのも日本酒好きだからかも知れない。日本酒に珍味佳肴をなんて言う人がいるが、これがまったくわからない。おかしいと思っている。また辛子豆腐は家人の好物でボクが自分にもと3つも買ってひとつだけ下さいな、といってもなかなか分けてくれない。しかし軟らかい、きめの細かい、微かな苦みと甘味のある豆腐にすかっと辛いあんこを入れるなんて誰が考え出したものだろう。ボクならノーベル豆腐賞をあげる。
この主役である普通の豆腐のうまさは、まさに水が大豆と仲良く混ざり合ったうまさだ。微かな苦汁や大豆から出てくる苦み、そして大豆の香り、甘味があって、それが全部ほどほどなのが良い。そう言えば今時の高い豆腐ばかり作っているヤカラはどうもこのような普通の豆腐の真味がわかっていない。そこに岐阜県の「三千盛」でもクイっといくと、もう極楽浄土(ボクは死んでしまう)なのだ。
初めて真壁の豆腐を知ってから、もうかれこれ20年以上が立つが、未だに伊豆・小田原などに行くと手が勝手に大磯を目差す。立ち寄れないと、なんだかもの足りない。関係ないけど釣り師としては真壁豆腐店に立ち寄るために無理矢理「アジ釣り」に出かけたことがある。面白いのは大磯での釣り船の名が「とうふや丸」。なんでだろうな?
真壁豆腐店
http://www.makabenotofu.jp/index.html
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/
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