京成線町屋の駅は大好きなのだ。ホームに立つと荒川線を市電が町屋駅に滑り込み、また出ていくのが見える、これを眺めるだけで電車を2本は見送ってしまうのだ。でも下町といっても町屋は無差別で暖かみのない、そしてセンスのないビルにどんどん占有されてきている。それでもこの町屋の荒川線と京成線に仕切られた北西の一角だけに古い街並みが残っている。そこに向かうべく駅から尾竹橋通りを超えると『なんでも鑑定団』で有名になった「流体力学」という店がある。その店を過ぎてすぐ右手に折れると『小林』を見つけることができるのだ。この店、串に刺したモツ煮込みで有名。すなわち大衆酒場なのである。
町屋の駅は足立市場に行くときに乗り替えるのだが、駅から見る限りビルが迫ってきており、魅力を感じたことがない。それで町屋を歩いてみようなんて思ってもみないでいた。そんなときに久しく会わなかった知り合いと立ち話をしている内に下町の飲み屋の話題で盛り上がり、『小林』の名もあがってきた。でも彼が教えてくれたのはここで食べる「つけ麺」がうまいということだったのだ。「面白いね」と言うと、親切にも地図をコピーして場所まで教えてくれた。
そんなことで仕事が早めに終わった日に「つけ麺」を食べに町屋に行ってみるかと神保町で買い物を済まして、ふと靖国通りの古本屋で見つけたのが「散歩の達人」の千住・町屋特集。こんな偶然ってあるんだろうかとページを開くと『小林』がしっかり取り上げられているのだ、店主の顔写真とともに。でも予め雑誌の特集を読んでからその店に行くというのはみっともないではないか。千代田線での10分ほど読むべきか、読まないで行くべきか悩んだ末に、結局「散歩の達人」はバッグに放り込んだまま。町屋駅を出たのだ。
そして『小林』でモツ煮込みなどで酒を飲んだ後にお願いして、出てきたのが思いもかけない形の「つけ麺」だったのだ。ここで今時流行っているつけ麺というのがどんなものなのかを書くと、〈太目まっすぐな中華麺を茹でて水洗い、それを皿に盛り上げて出す。つけじるはラーメンのスープよりは濃いが飲めなくもないほどの味わい〉というもの。ところが『小林』のは冷たい水に縮れ麺が入っている。しかもつけじるがはっきり飲めないと主張するかのように黒く濃そうだ。
つけじるにはネギとメンマ、そして海苔が浮かんでいる。その板海苔に大量のコショウ。この海苔の上にコショウがのせられているのがなんとも懐かしい。確か子供の頃のラーメンには同じようにコショウがのっていたのだ。海苔を沈めて、麺をからめてすすると意外なほどにさっぱりとした塩分濃度の高い汁である。そしてその塩分を妨げない旨味。これはまことにバランスがいい。後で調べるとラーメンスープの醤油ダレをモツ煮込みの汁で割ったものだという。つけじるに感じた旨味はモツから出たエキスなのである。
大衆酒場なので夕方5時からの営業。でもこのつけ麺なら昼に食べてもいいのではないか? ボクは今時の「大勝軒系」のつけ麺よりは絶対にこっちがうまいと思う。
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町屋駅そば「八起」