暮れと言うことで知人たちと明治4年創業、湯島の老舗「江知勝」ですき焼きの鍋を囲んだ。湯島天神そば、ボクとしても大好きな湯島で老舗のすき焼きを味わうのだと期待に胸膨らませて千代田線湯島の駅から歩く。このあたりは湯島から本郷に向かうなかなか楽しい道筋なのだ。
そして知人と歓談。すでに刺身などの料理は並び、後はすき焼きのくるの待つばかり。まずは牛肉の煮物を一口。これが甘ーい。甘くて耐えられない。まさか本気でこのような料理を作ったのだろうか? もしくは明治時代、まだまだ砂糖のお高い頃を偲んで作られたものか。そして刺身と言う名の在り来たりな添え物。もずくを寄せた酢の物。
そこにしらたき、春菊、ネギ、焼き豆腐、霜降りの高級そうな肉が盛られた鍋が到着する。そこに見えるのはしたじだろう。そして煮えて来るなり、手元を見ると生卵を既に割り入れられてしまっている小鉢しかない。ボクはすき焼きに生卵を使うのは嫌いなのだ。という間もなく肉は煮えすぎて来ている。
仕方なく一切れ口に運んで、これがまた信じられぬほどに甘ーーい。ほとんど甘味が刺すくらいに刺し来て肉の味わいがない。これに呆然としていると仲居さんが勝手に次の肉を入れていく。これでは酒で甘味を洗い流す暇もない。
強烈に甘い牛肉の大きすぎる一切れが、それだけで胃袋に被さってくる。すぐに胃袋は無抵抗に白旗を揚げて降参してしまった。まわりでもこの甘すぎるすき焼きの攻撃に明らかに降参降参と言っているのが見えてくる。それでも仲居は肉を入れるのをやめぬ。
「肉に赤い部分が残っているくらいが食べ頃です」
バカ言うんじゃないよ。こんな味付けでは少しも牛肉のうまさを楽しめない。老舗恐るべし、お客の食べる速度を無視、また好みも省みない。
ワシはこんなすき焼きは二度と食べたくないぞ! その上、トドメはデザート?のミカン。日本酒の後にミカンが食えるか!
ちなみに明治4年と言えば文明開化とともに入り込んできた牛肉がまだ普及する前。翌明治5年、政府は肉食の普及のために明治天皇に実際に牛肉を食べることで世に範を示してさえいる。そんな文明開化の牛鍋の味わいはいかがなものだったのだろう。間違いなく言えることは「江知勝」ではそんな粗野で実質的な肉の味わいは楽しめない。
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