京都に来て、市場というと「錦市場」がまっさきにくる。この四条通りの北にある小路は、あくまでも仲卸、小売りが中心で、「市場」というよりも食を中心とした商店街である。最近では明らかに観光地化が進みすぎて、本来の良さが失われているように思われる。
さて、ボクにとって京都で市場というと、七条通りの北にある中央市場のことで、食に関するものを売る魅力的な店も、このあたり七条商店街に集中していると考える。
その中央市場の仲卸さん何人かにお聞きして、「朝ご飯ならあそこにしなはれ」というのでガラリといきなり引き戸を開けたのが『権八』である。
中央市場の建物は鉄筋の大きな建物なのだけど、その西側にウナギを焼く店があったり、練り物を売る店、また野菜の市場めいたものがあって、ごみごみしている。この中央市場寄りに『権八』はある。
3月初旬の早朝なので、冷え込んでいる。ダウンから厚手のコートに代えたのが失敗だった。ほんの1時間ほども市場を歩く内にすっかり身体が凍えてしまっている。
その硬直した冷たい身体が、カウンターだけの湯気もうもうとして店内でゆっくり溶けていく。
品書きをみるとそばうどんに丼物が並ぶ。そのどれもが魅力的だが、いかんせん前日の慌ただしさに胃の方がご飯を受け付けない。関西に来たらうどん、それも「きざみ」に限ると思っているのだけど、品書きにある「きざみきつね」はいかなるものか。
カウンターの中では無心に働く人がいて、カウンターの手前は常連さんで和気あいあい。「きざみってどんなもんですか?」と聞くと、「刻んだお揚げが入っとるんです。“甘きつね”は甘く煮たお揚げがね」ということからすると大阪と同じだ。
「きざみきつね」をお願いすると、隣からお声がかかる。この方、Tさんは荷受けの方でボクのことをご存じだったらしい。ここではお名前は伏せるが、京都ではこれから色々お世話になりそう。また料亭などの仕入れをやっている方ともお話しが出来て、店内での時間が有意義だった。
そして目の前に「きざみきつね」。これになにげに触れようとすると、「熱いから気をつけてくださいね」と声がかかる。確かに丼の回りはおそろしく熱くて、怖々とカウンターにおろす。
その熱い湯気の中から山椒(さんしょう)のいい香りが立ち上る。ボクは香辛料の中でも山椒がいちばん好きなのだ。前夜来の体調不良が癒されていく。
関東ではうどんには唐辛子、七味唐辛子しか思い浮かばないが、種によっては山椒も使う、というのが食の都・京都らしい。
刻んだ揚げと青ネギの下のうどん汁(つゆ)は澄んで、昆布の旨味がよく出ているし、かつお節の香りもする。味はやや甘めながら、塩辛さがきりっとして、醤油の香りは抑え気味だ。残念ながらうどんはボクの嫌いな餅っとしたものだが、それが気にならないくらいに汁がうまい。
「京都のはんなり(花なり)、大阪のまったり」と表される、まさに京都らしい汁の味である。
なんとうまい汁だろうか。急ぐ旅であるのに、ゆっくりゆっくり汁の味を堪能する。最後まで飲み尽くしても、汁のうまさは変わらなかった。青ネギ、刻んだお揚げがまたいい味である。
非常に庶民的な店であるのに、味は一級品。関東ではまず出合うことのない本物である。
中央市場もさることながら、『権八』に飯を食らいにくるというのも京都に立ち寄る目的のひとつになりそうだ。
御支払をお願いすると、「もういただきました」という。この「きざみきつね」、Tさんにご馳走して頂いたようだ。まことにありがとうございました。
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