埼玉への旅、最初に行ったのが飯能市である。なぜ飯能市かというと第一に我が家から1時間ほどで行ける。酒蔵がある。それとたまたま読んでいた林芙美子の短編に「遠足に飯能に行った」というのが出ていて、「飯能は東京にあってそんな土地柄なんだ」と思ったためである。まあ、動機はとりとめもないものである。
さて飯能でどうしても見つけたかったのが典型的な「埼玉うどん」。
その「埼玉うどん」なるものいかなるものか? というのを埼玉生まれ、埼玉在住の知人の弁を借りて説明する。
「まず汁を作るの。出汁をとるだろ、醤油で味つけして、そこに豚肉を入れる、玉ねぎやニンジン、夏はナスも入れたかな。とにかく野菜を入れる。この温かい汁に茹でたうどんをつけて食べるんだ」
この人、説明をしながら盛んに目を宙に浮かしている。きっとお母さんなんかが作っていたのを思い出しているのだろう。
そして飯能市に来て、たまたま立ち寄った和菓子屋で「おいしいうどん屋を探している」と尋ねて、たどり着いたのが「古久や」である。木造の古めかしい切り妻の二階家、正面入り口がガラス戸になっていて、真ん中のガラスに磨り文字で「古くや」とある。「いい感じだな」とガラス戸に手をかけて、そこにかかっていたのが「うどん売り切れ」の紙。実を言うと、この「古久や」の場所がわかりづらい。飯能駅から飯能銀座を通り抜けて八幡町という旧市街地に行くのだけど、こんなところにうどん屋があるんだろうかと心配になる。そんなときにたまたま道を聞いて親切に案内してくれたのが「とんき食品(豆腐屋)」の若だんなである。諦めていると親切にも「うどん一玉もないの」と聞いてくれたがだめだった。「とんき食品」の若だんなありがとうございました。
そして今回、満を持しての飯能である。午前11時に店の駐車場にクルマを止めて、まだ空いている店内に入る。ガラスの引き戸を開けて入ると昔ながらのたたきの床。畳敷きの小上がりに細長い机が並ぶ。明かりがついているのに外から入り込む光に対して、店内は薄暗い。右手に厨房があるが、その古めかしくも情緒のある造りは必見のもの。考えてみると時代劇を見ていても机に椅子の居酒屋が出てくる。まさか江戸時代、あんな店の造りがあるわけがない。本来は畳敷きにあがり平膳で食べるか、または小上がりに腰掛けて食べていたはず。そしてその江戸時代さながらの光景がここにあるのだ。
入り口に近い場所に座り、ふと前を見ると「房州節 羽山商店」の段ボールがある。房州節というのは、さば節である。また、そのさば節のなかでも黴つけまでする高級品なのだ。考えてみると千葉県外房はさば節の大産地である。このさば節の産地があって関東の、そば文化が発展したとも言える。すなわち東京などでの、そばの「かけ汁」は原則的にはさば節の出汁に醤油、砂糖、みりんを合わせた「かえし」を使う。当然、埼玉うどんの出汁にもお隣の千葉県から、さば節が来ているわけだ。ここに江戸のそばと埼玉のうどんがまったく無関係ではないのが読みとれる。
品書きには、もりうどん480円、かけうどん480円でそれぞれ大があって530円。たぬきうどん、きつねうどんが530円、月見が580円、玉子とじ630円。肉つゆうどん並630円、大680円、特840円、と並び、いちばん下に天ぷら、ごぼう、いか、かき揚げが1個100円とある。
席に着き品書きを見ながら周りを見回すと、ほとんど皆同じ物を食べている。これがまさに探していた埼玉うどん、「古久や」では「肉つゆうどん」である。当然大にしてゴボウの天ぷらをつける。すると店員さんが「うどんは温かいのと冷たいのがあります」という。「初めてなのですが、どちらをおすすめですか?」と聞くと「普通は温かいんです」と言うのでそれに決める。
出てきたものは、どんぶり一杯のうどん、大振りの酢の物を入れるような器に豚肉、ネギなどの入った汁、ごぼう天に、ネギ、七味唐辛子、たぶんうどんのゆで汁。うどんはあまり腰のある方ではないが、滑らかでうまい。これなど腰が強いばかりでうまみにかける今時の讃岐うどんよりもいいのではないか。汁はやや甘めで豚肉の旨味が出て、濃いしょうゆ味。飲むには辛すぎるが全体にまったりしている。具だくさんの汁にうどんをつけて食べるのだが、これがなかなかうまくいかない。結局、うどんと豚肉、ネギなどの具をともにかき込むようにして食べると、これがいいのである。ただし「大」にすると後半うどんを持てあます。「飽き」てしまうのだ。また天ぷらは残念ながら味はよくない。ただしうどんからくる「飽き」を少しだけ還元してくれるだろう。
さて帰りの16号、混み具合はいかがだろう? 初手からいい埼玉うどんの旅となった。
ちょっと蛇足。今回の埼玉うどんとほとんど同じものを我が家では日常よく食べている。ただし、起源は埼玉にはない。始めたのは大阪に「肉すい」というのがある。これはうどんの汁に牛肉を入れて、驚くべきことに、うどんを抜いたもの。喜劇俳優の花紀京が馴染みのうどん屋に作らせたという曰くつきのものなのだ。これを豚肉に替えて、野菜をたっぷり加えて昼ご飯などで食べている。そして冷たいうどんにも、この汁を合わせているので、まるでうり二つの味わいである。どうも、うどんの食べ方で、これ以上に合理的で栄養面からいって優れた食べ方はないのではないか? そう思ってみるとたぶん埼玉以外にも同様な食べ方をしている地域がありそうで、これも楽しみだ。
●2006年3月17日記す
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
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うどんどころ埼玉 後の記事 »
埼玉県入間市『手打うどん つきじ』
記事提供のおねがい。
はじめまして。飯能市在住の飯能さんぽと申します。 古久やさんの記事と新島田屋さんの記事大変楽しく拝見しました。
市内の情報あれこれを皆さんに紹介すべく活動しております。よろしければ記事をそのまま掲載させていただけないでしょうか。文末には(お名前)を入れてご希望でしたらこちらとリンクさせていただくこともできます。突然の失礼なお願いで大変申し訳ございませんがご連絡お待ちしております。
我が記事を転載というのは初めての要望です。確かに飯能のことが好きになり、また尋ねてみようとおもっていますので、特別に許可させていただきます。
ただし画像は我がブログよりも小さく使う。著作権は当方にあることを明記してください。
また飯能のことを教えてくれるとありがたいです。
飯能すたいる様
嬉しいです。ありがとうございます♪
いろいろ素敵な記事をかいていらっしゃいますね。入間のハンバーグ屋さん(タジマ)もお気に入りで実は昨日も行きました。
まずは飯能に絞って探索を続け、いずれ地図などにも落として行きたいと思ってます。今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。