高円寺はときどき歩く町。ときどきといっても1年に1度か2年に1度。新高円寺から「高円寺ルック」を抜けて古本屋に引っかかりながら北上し、そして中央線高円寺駅にたどりつく。この少ない高円寺歩きで、なんどか夕食を食べているのが『富士川食堂』である。この店、とにかく安い。定食のほとんどが400円台。冷や奴と組み合わせても500円でおつりがくる。
さて、まず高円寺にあって下町気分が味わえるのが「高円寺ルック」。この道を北上して、そろそろ駅に近いなと思ったら右手に広い道、左手に狭いが飲食店の多い道の十字路に行き着く。ここを左手に折れてすぐにあるのが『富士川食堂』である。正面に大きく「食事処」とあり明らかに食堂なのであるが、なぜか造りは喫茶店なのである。入るとL字型のカウンターがある。そしてLの左と下側が客席。内側が厨房となっている。その厨房の背面に膨大な量のメニューがある。このなかでいちばん高いのがエビの天ぷらだろうか、定食で570円、他は総て400円前後だと思われる。今回、この壁の品書きに対面するに頭がクラクラして思考がとまってしまった。それで思わず、「コロッケ定食400円」あと「冷や奴50円」にしてしまった。どうせならエビ天ぷらにすればよかったのだ。
そして厨房のふたり、たぶんご夫婦かな? 手際よく、てきぱきと役割をこなして、ほどなく定食が前に。
この定食の味があなどれないのだ。コロッケは手作りだろうか? 判然としないがなかな味がいい。つけ合わせのナポリタンもキャベツのせん切りもほどよい量であるし、ここにルビーグレープフルーツの6分の1カット。冷や奴は3分の1かな、ここに血合いありながら香りの高いかつお節、ネギにショウガ。ご飯もふっくらとうまいし、白菜と油揚げのみそ汁も作り置きではないようだ。
市場がよいを始めてはや20年、流通の裏側を少し知るようになってきた。そこから鑑みても、この組み合わせで500円以下では、どうにも安すぎて「間尺に合わない」だろうと思う。
朝ご飯を食べてから昼食抜きで、今、夕方の5時過ぎである。かなりの飢餓状態をここに癒すことが出来て、しかも支払は500円でおつりがきた。『富士川食堂』には感謝なのだ。
蛇足だが、高円寺が住宅地として開発されたのは、大正から昭和のこと。隣町の阿佐ヶ谷、荻窪とともに小説家や画家などが多数暮らすところとして有名であった。上林暁の小説にもしばしば高円寺の飲み屋が登場するし、林房雄は住んでいたはずだ。また大学教授やサラリーマンなどの知的職業のひとたちが住むとともに、若者たちの街でもある。当然、この街の食堂は下町の食堂とは趣が違っている。例えばこの『富士川食堂』にしても、どこか若者が安いから通ってくる。そんな青春の臭いがする。これが下町の食堂ではまったく違っている。そこは明らかに生活の場であり、言うなればオヤジの生命線とでも言えそうな重さがある。ボクもそろそろ人生の重みに潰されてしまいそうな年頃となってきた。そしてどうにもこの高円寺の居心地が悪いのだ。
富士川食堂 東京都杉並区高円寺南3丁目46-2
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