福島県浜通にある浪江町は小さいけどいい町であった。その夕暮れ時に入ったのが『大室屋』。なんといってもその無骨だが古めかしいツタの絡まる外観に惹かれた。このコンクリートなんだか木造なんだかわからない建物って、ボクの年頃には懐かしいな。
丼と麺類だけの店で、入った途端に失敗したなと思ったのだが、2階からどかどかと下りてきた高校生達。その誰もがラーメン代金を支払っている。これ、懐かしい光景だ。高校時代に徳島本線、穴吹駅前の『穴吹食堂』と言うのがあって、お腹がすくと、ここでラーメンやカレーを食べた。こんな店はみな味がいいのだ。ボクが高校生でこの2階から下りてくるようなデジャビュを感じる。
その『大室屋』、外観の古めかしさから思わず入ってしまったのだが、中に入った途端にその薄暗い古色をおびた店内にまた心がざわめく。1階は狭いテーブルが並ぶが2階があって、どうも宴会なども出来るのではないだろうか。その一人客としてボクの目の前のテレビは福島のローカルニュースが映し出されている。そこに場違いな刀剣が飾ってある。これは浜街道にあって会津を思わせる。まあそんな関係ではなくご主人の趣味の世界であるようだ。
トイレに行きたくなって、とりあえず燗酒とおつまみの天ぷらを注文して、薄暗い店の奥に案内される。その奥への廊下が長い。廊下から垣間見える厨房も驚くほど古めかしく、なにかを揚げる音が響いてくる。トントントンと音がして揚げる音、これはどうも豚カツのようだ。しまったおつまみは豚カツにすればよかったんだ。でもこれは出前用のもの。テーブルにもどると精進揚げに海老天ぷら、そして燗酒が待ち受けていた。
こんな素朴な天ぷらが出てくるなんて、ここは大衆食堂なんだなと実感する
そして肝心のラーメンだが、これがなんとも絶品だった。まず浮かんでいるのがなるとである。練り製品が使われているのは老舗の証拠。この店の開業は昭和なのか大正なのか? スープは昔ながらのしょうゆ味、鶏ガラスープに微かに魚貝の旨味。長方形の薄いチャーシューも豚の風味が生きていてうまい。そして麺だが、これが残念なことに茹ですぎ。これさえなかったら理想的なラーメンだったのに。でも食堂などで注文すると、こんなことはままあることではないか。偶然とはいえ、こんなうまいラーメンに出合えるなんて。福島県浪江町恐るべし。また行きたいと思っているのだ『大室屋』。
大室屋 浪江町権現堂字下続町7 0240-34-2052