神田神保町、本の町の住人になって30年になる。当時からの店はほとんどなくなっているのだけれど、半ちゃんラーメン(チャーハン半人前とラーメン)の『伊峡』は相変わらずである。『伊峡』のある一角は、古本屋街とは靖国通りを挟んで反対側、しかも裏通りにある。ちなみに靖国通りの北側に古本屋がないのは南向きで日差しが入るため、本の保存や陳列に向かないためだ。このあたりは安いカレー屋があったり、そば屋があったりするものの古本屋があるわけでもないので、かなり神保町に詳しくないと来ない場所であった(最近、靖国通りの北側に面白い古本屋が増えてきて、本当に穴場的な場所となっている)。
『伊峡』はもともとは今ある角の店の前角にもっと大きな店があり2店舗併設であった。その前角の店では野菜炒めなど一品料理でご飯、こちらではラーメンを食べるというのが常識であった。これは明大付属からずーっとここが地元であるという仲間から聞いたこと。前角でラーメンを頼んだとき彼が「こっちではラーメンは頼まないの」と言われたことを今でも思い出す。
考えるに『伊峡』を知らない神保町人はいないだろう。腹減り学生の頃には、迷うことなく半ちゃんラーメン。これがどれほどご馳走だったことか。また本を買いすぎて懐が寂しくなったら、ここに来てラーメンだけをすする。本の街の住人ならこんな経験を持つ人多しだろう。また最近知人と立ち寄ると、ともに注文したのがワンタン麺なのである。これも考えてみると学生時代にはいちども食べていない。
この店のラーメン、ワンタン麺、チャーハンなど、別にうまいわけではない。ラーメン380円、ワンタン麺480円という値段でもわかるように学生に優しい値段で、その学生が就職しても、また定年を迎えようとしても、まだ続けて食べている。この店のいいところは取り立ててうまいわけではないが、まずいわけでもない。ただただ平凡に徹している。それが長〜く人を惹きつけているのだと思う。これは余談だがこの店で気になるのは茹でた麺の水切りが悪いことだ。これが旨味の弱いスープをより味のないものにしている。今回も「麺の水切りもっとしっかりやってよ」と思いながらワンタン麺をすする。
さて、この店のラーメンはやや濃いめの醤油味、とりたててスープがうまいとは思えないが鶏ガラの香りがときどきフワリと浮き上がる。そこにストレートで鹹水の香りが残る麺。小さなチャーシューに醤油でよく煮染めたメンマ、海苔。とても平凡ながら、なぜかずーっとつきあえる、また惹かれ続ける味わいである。また来週来ようかな? なんて店内では思わないのに金華小学校の前なんかを通っているとき、ふと立ち寄りたくなるのだ。
さて蛇足だが、話は「半ちゃんラーメン」に移る。この小盛り(『伊峡』のは小盛りではない)のチャーハンとラーメンという取り合わせ、けっして神保町だけのものではないことがわかってきた。沼津の多津屋、都内各所でこれが見られるのだ。神保町の『さぶちゃん』は『伊峡』からののれん分けとしても、いったい「半ちゃんラーメン」を初めて出したのはどこなんだろう?
大人になって初めて知ったワンタン麺の味。学生のときには一度も頼んだことがない
伊峡 千代田区神田神保町1-4
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
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1962年発売、東海漬物「きゅうりのキューちゃん」