うどん、そうめん他: 2007年8月アーカイブ

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 炎天下の神田駅前、四国に帰郷の折りに見た「はなまるうどん」というのがここにもある。間違いなくチェーン店だとは思ったが、こんなに全国的な店だとは思わなかった。これをネットで調べてみると、なんと吉野屋の経営ではないか? ようするに讃岐うどんをチェーン店化したもの、と見える。

 神田駅前店は間口が小さく、いきなり地階におりなくてはならない。駅前とはいえ決して条件がいいとはいえないだろう。それなのに午後3時、地階に下りると10人ほどの客がうどんをすすっていた。繁盛しているようだ。

 店舗に下りると、細長いL字型のカウンターがある。そこでまずはうどんを受け取り、好みの天ぷらを選ぶというのは四国などにあるセルフの店と同じ。猛暑日なので「冷やしぶっかけ」を選んで天ぷら2つ。店員の態度はやっとこさマニュアル通りにやっているといったぎこちないもの。全然食べ物を扱うプロとはなっていない。オヤジとしてはこのあたりで既に【一げんなり】する。もっと食べ物を扱っているのだという姿勢を教えるべし。

 さて、讃岐うどんの基本にふれる。「讃岐うどん」という絶対的な形は存在しない。「讃岐うどんのメッカ」香川県西部の製麺所、もしくは「うどん屋」は意外に千差万別である。そんななか定番的な形を見つけたのは所謂「よそ者」だろう。
 その定番となるものはうどんというのは打ったら茹でる。茹でて玉にするのだけど、この状態が「ゆでうどん」という日本全国どこにでもある基本形。
 普通はこれを温めて、汁をかける。一般に食料品などに売られている、うどんは打って、茹でてから時間が経っているため、「温める」作業が必要なのだ。でも製麺所、手打ちうどんの店では、そのまま食べてもいいくらいに新鮮であり、「温めなくてもいい」。だから冷たい茹でうどんに温かい汁というのもありだし、新鮮でも熱いうどんが食べたいなら「熱いのに熱い汁」をかけてもいい。これが「冷や熱」と「熱熱」だろう。打ち立て、茹でたてなら「茹でて水にさらした、冷たいのに冷たい汁」すなわち「冷や冷や」、「ぶっかけ」というのもある。『はなまるうどん』の場合基本的には「冷や冷や」はない。これは店舗が限られているようだ。

 さて、うどんを語ると長くなるので『はなまるうどん』の「ぶっかけ」に戻すと、これが少々つまらないものだ。基本的に「よそ者」が作る「合格点」のうどん。
 そう言えば「はなまる」とはなんぞや一般言語なんだろうか? この言葉のつくテレビ番組もあったように記憶する。「花丸」というのはひょっとして「よくできました」の「○」でそれに「お花をつけたもの」か? 本当にそうなら気持ちが悪いな。ヘンコツオヤジにはとてもついていけない言語感覚だ。ようするに「花○」のつけられる程度の幼児的うどんという意味にとれる。実際、『はなまるうどん』のうどんは「花○」という幼児的な合格点の味である。オヤジの【二げんなり】だなこれも。
 例えばうどんは「もちもち感と腰だ」というと一般的な良識に裏打ちされたもの。その「もちもち感」にもいいのと悪いのとあるという微妙な部分や、小麦の香りは存在しない。汁も煮干しを使っているのかカツオ節を使っているのかわからないほどに洗練されている。これでは不満となるところがあるわけないだろ、というのが見えてくる。はっきりいってこの「優等生的で突出しない」ところが嫌いだ。例えば平均化された味わいというのか、「ここまででいい」という姿勢。これオヤジの【三げんなり】。
 しかし、ボクが嫌いだからといって、この店、ダメな店というわけではない。都会人は「花○」的なものが大好きらしい。また「ヘルシー」とか「スローフード」とか意味もわからず、なんでも受け入れてしまう「深く考えない」姿勢がある。その上、本当の香川などの味ではないにしても、天ぷら用にテーブルにはソースがある、並んだ天ぷらもうまいし、うどんとしては65点の及第点、このチェーン店は受けるだろう。
 最近神田駅周辺にはチェーン店ばかりが目立つ。個人の飯屋には受難の時代とも言えよう。今でも神田駅前には旨い安いの個人営業の飯屋はある。でも時間が無くて、致し方なく駅前で早飯となると、この店を選ぶ可能性、ボクにもありだ、残念ではあるが!

はなまるうどん
http://www.hanamaruudon.com/

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「典型的な讃岐うどんを食べてみたい」と、四国入りする前にネットや本などでいろいろ調べた。すると意外に見えてこないのが「基本的な讃岐うどん」というもの。強い腰を売り物にする店、またそれほど腰が強いとは言えないもの。また「ぶっかけ」、「ひやひや」、「ひやあつ」、「あつあつ」などの讃岐うどん用語も決して県内共通ではなさそうだ。

 7月12日に徳島県に帰郷。翌13日は金比羅詣でということにする。その朝、家でご飯というのをやめて、いきなり香川でうどん朝食をとることに決めた。ここで難しいのが「うどん屋」の選択である。
 朝、9時過ぎには開店している。ある程度、「讃岐うどん界」で名が知れたところ、という条件で探す。
 徳島県美馬郡つるぎ町からいちばん近い有名店というと琴南にある「谷川米穀店」である。ここは香川でも一位二位を争う有名店、しかもクルマで30分足らずで行ける。「ここだ!」と思ったら開店は11時からということで断念。後は琴平善通寺周辺を探して「うどん屋」ではなく製麺所とある「宮川製麺所」に決めてしまった。決め手は単にうどん屋らしくない店の名前である。
 我が家から善通寺までは四国山地をトンネル越えして一時間足らず、まずは市役所に行き、うどん地図なるものをいただく。さすがに市内にはたくさんのうどん屋が散らばっている。ここで目移りして少々心が揺らぐ。しかし考えてみれば早朝からやっているという確証は「宮川製麺所」だけにしかない。市役所から「宮川製麺所」までは10分とかからない。ぜんぜん迷いもせずに到着したら、住宅街の端っこ、広い駐車場があって「宮川製麺所」とい文字がある。
 まだ9時すぎのためかクルマは2、3台しかとまっていない。そこから指呼の間に「宮川製麺所」のなんのケレンもない普通の建物がある。モルタル建築の上に「さぬき手打ちうどん 宮川製麺所」となければ、普通の“家”だ。

 何気ない建物で、すーっと店内まで入ると、否応なく目に飛び込んでくるのが正面の巨大な羽釜。その奥ではうどんを打っている様子。目がついつい奥に泳いでしまって、しかも子連れでまごついていたら、店を切り盛りする女性から「まず丼を持ってください」と声がかかる。この一言がとっても優しい感じだった。店内にいる客は10人足らずということか、朝9時過ぎとしては多いのではないか。

 まずは丼を手にする。さて、「宮川製麺所」のいちばん奥に、うどんを打つ場所、巨大な羽釜、手前にステンレスのシンクがあって、シンクの横にうどん玉ののってせいろ。この時点でこの店の流れがわかってくる。客がうどんを食べるのは入って右側の壁面の白い部屋である。

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 うどんを作るのは客自身。店内右奥から時計と反対方向に回りながら、丼を持つ、うどん玉を丼に入れ、うどんを湯がく鍋の前までくる。この鍋で温め、鍋から熱いつゆをかけると「あつあつ」。温めないで、丼にいれたうどん玉に熱いつゆをかけると「ひやあつ」ということになる。
 中学生の太郎がいちばん先頭だった。
「お子さんなら、温めん方がええでしょ」
 太郎は、温める鍋を利用しないで、冷えたうどん玉の入った丼にお鍋から直接だし汁をかける。そして入り口に近い場所、いろいろ並ぶなかから天ぷらをのせる。これで「ひやあつ」が完成する。

 うどんにのせるのは、「天ぷら(薩摩揚げ)」、「えび天(エビのすり身の入った赤い薩摩揚げに似た香川県特有の練り製品)」、竹輪の天ぷら、イワシの天ぷら、コロッケ、三角油揚げなど。太郎はサツマイモの天ぷらがないのを、しきりに残念がりながら竹輪の天ぷらをのせる。姫はコロッケ、父は病み上がりなのでなにも乗せなかった。そしてボクは悩みに悩んで、「えび天」とイワシの天ぷらをのせる。

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 これを店内というのか、ただ単に長い机の置かれた白い空間に持っていく。初めて食べる香川での讃岐うどんにワクワクする。初めてというのには語弊がある。香川は故郷から上京するときの通り道。寄り道は大好きだから高松市内ではよくうどんを食べた。それに彼の宇高連絡船、高松駅港内の立ち食いうどん。意外に「讃岐うどんを食べるぞ」なんて構えないで何度も香川のうどんを食べている。でも、「わざわざ食べに来た」というのは新鮮だ。

 讃岐うどんだけではなく、関西圏では打ったうどんを一度湯がく。湯がいたら冷水にさらして、一玉ずつまとめてせいろに並べる。これを各食料品店、スーパーなどに卸すというのが製麺所の仕事。それを製造現場で食べさせるように変化したのが「宮川製麺所」ということになる。
 この、うどん玉は、本来は温めてから、そこに熱いつゆをかける。これを関東では「かけ」というのだが、香川では「あつあつ(熱々)」と呼ばれる。玉を温めないで、冷たいところに熱いつゆをかけると「ひやあつ(冷熱)」。この日は午前中だというのに蒸し暑く、「ひやあつ」がちょうどよかった。
 うどんは思ったよりも腰がなく、むしろ歯切れがいい。うどんの価値は腰ではなく、この歯切れ感にこそある。これがわかっていないんだな、最近の「讃岐うどんオタク」は。うどんを口に含んで表面がぬるぬるせず、舌触りが爽やかなのも素晴らしい。ここにかかるつゆは明らかに煮干しでとったものだ。しかも出汁の取り方がうまいのだろう、煮干しの臭みはまったく感じられない。塩分濃度も、醤油と塩の割合も程良い。このつゆも特筆すべきものだ。関東などからくるとこれだけで驚きを感じるだろう。
 子供達も夢中になって食べている。食べながらも、値段が気になる。「高いのかな」という心配ではなく、「いったいいつ、どうやって代金を支払うのだろう」というのが不安なのだ。しかももういっぱい食べたくなってきた。そこで丼を持って、もういちど厨房(?)の方に行く。

「丼は流しにおいてください」
 その通りにして
「もういっぱい食べたいんですけど」
「それなら、もう少ししたら、新しいうどんが茹で上がりますから、ぶっかけで食べてみてください」
「代金はどうやって払うんですか」
「後で何食べたか言うたらええんです」

 少しテーブルで待っていたら、「茹で上がりました」と声がかかる。
 実を言うと「宮川製麺所」のお楽しみはこれからだった。
 茹で上がったうどんを大きな手網のようなものですくい上げ、水をいっぱい張ったシンクに入れる。水をかけ流しながら、うどんを手で軽く振り洗い。ここで、うどんがきゅっと縮まるように見える。これを一玉一玉、せいろに移していく。その一玉を受けて、ネギ、生姜をのせ、冷たいつゆをかけ回す。これが「ぶっかけ」である。

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 ここで初めて讃岐うどんの腰の強さと、小麦が持つ風味を堪能する。これは明らかにうどんそのものの旨味であり、困ったことにネギも生姜も余計だったことに気づく。これこそが「うどんを食う」という神髄に他ならない。

 讃岐うどんの醍醐味を満喫。オバサンたちに正直に食べたものを申告する。うどんは6つ、天ぷら各種。これで支払はいかに? というと1300円出しておつりがもどってきた。驚いて「うどん1ぱい幾らですか?」と問うと、「120円です」と返ってきた。ビックリしたなー、もー。

 この「宮川製麺所」の感動は、東京に帰り着いてからも、なんども繰り返し思い出される。こんな店がボクの周辺にあったら「どんなに幸せだろうなー」。

宮川製麺所 香川県善通寺市中村町1-1-20

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 これこそ「徳島うどん」だ、というのが我が故郷貞光に残る。徳島県美馬郡つるぎ町貞光には江戸時代から続くうだつの上がる街並みがある。これは古くは徳島の物流を担ってきた吉野川から霊山剣山に向かう街道にあたる。そのうだつの上がる街並みを二分するのが飯田食堂のある明治橋であり、ここが商店街の中央にあたる。
 ここに昔ながらのうだつの上がる、本瓦ぶきの食堂が残っているというのも奇跡だ? また今やジワジワと侵略しつつある讃岐うどんの攻勢に正統な「徳島うどん」が残るというのも奇跡だろう。

「徳島うどん」の特徴は何度も書いてきたが基本的に煮干しの出汁、腰はあるけれどもやや控えめなうどん、具は赤板(赤い蒲鉾)と刻んだ油揚げ、刻んだわけぎというもの。それがずばりそのまま一点の狂いも進化も後退もなく飯田食堂で楽しめる。

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「飯田食堂」のうどんというのは一ぱいではもの足りない。ついつい二、三ばいと食べてしまう、そんなあっさりしたものだ。しかも出汁はしっかり旨味があり、塩分濃度も適度、なんの臭みもない。最後まで飲み干して後味がいい。その上、今回、飯田食堂で感心したのがうどんである。町内の森野という製麺所で作られているというが、適度な腰、適度な歯切れの良さがあって絶品である。ひょっとしたらボクにとって日本一のうどんかも知れない、と言う思いが日に日につのる。

 うだつの上がる貞光でうどんを食べるに、つきものなのが「すし」である。面白いことに子供の頃、ただ単に「すし」といえば、ちらしずしであった。家庭であればここに、きつねずし、巻きずし、姿ずしなどが加わる。このうどんとともに食べたすしも絶品であった。

 久しぶりの故郷で昔ながらのうどんとすし、懐かしいと思うとともに、後何年この味わいが楽しめるのだろう、と考えると薄ら寒さを感じてしまう。「飯田食堂」よ永遠に。

飯田食堂 徳島県美馬郡つるぎ町貞光字町24-1

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