五日市から檜原街道を進むと黒茶屋に至る。そこで道は左右に分かれるが秋川を渡ってまた合流する。そこから檜原村にクルマを走らせることほんのしばしで右に折れる道があり、そこを行くと『山味茶屋』が左に。地名からすると戸倉坂下とでもいうのだろうか?
昔からここに「手打ちうどん」のカンバンを見つけてはいた。ただし、あきる野市五日市あたりは明らかに観光地。観光客相手の「いかにも」という店も多々あり、せっかくたどり着いてもまがまがしいものだったら嫌だな、とも思う。それが『山味茶屋』にたどり着いたらあまりにも素朴な「食堂」然とした佇まい。店の前に駐車しているクルマも地元のものだ。
こぢんまりした店の引き戸をあけると落ち着いた色調の店内、右に2つ、左に2つテーブルがあって、右手奥には小さな小あがり、奥に厨房が見える。厨房の奥は住まいだと見受けるが、都会などでみる狭苦しいものではなくどこからか外風が入り込んできて開放的だ。
先客は小あがりの4人連れの女性と、手前の卓に男性。4人がけテーブルに男性がひとり。みな和気あいあいの雰囲気で常連さんのようだ。
朝から2時間ほどの山歩きで、おなかがペコペコだ。メニューをみると「日替わり定食750円」、「うどん付定食1000円」、ざる600、カレーうどん700円、山菜、月見うどん600円にたぬきうどん550円、ざるうどん600円とあり、となりにご飯ものが並ぶ。カツカレー850円、カツライス800円、カツ丼800円、親子丼650円、カレーライス650円とある。ここで呻吟して考える。いちばん人気があるのはまわりを見渡す限り「うどん付定食」なのは一目瞭然。でも、こちらは「背中とお腹がくっついている」のだ。家人は、なぜかあれだけ激しい山歩きのあとなのに「山菜うどん」。うどん屋だと思ったのになぜか丼物が充実、どうしても目は「カツ丼」のあたりを漂うのだ。
「カツ丼食べたいな。うどんも食べたいな。困ったな困ったな」
うんうん考えていると家人が勝手に
「カツ丼とざるうどん、それに山菜うどんをお願いします」
勝手に決断を下すな。と思ったが出来ればざるうどんは大盛りにして欲しかった。
奥で揚げ物をする音がする。これはカツを揚げているのだ。腹がぐぐぐぐーと鳴り。今更、家人と世間話をしてもつまらないので暇を持てあます。小あがりの4人連れはやたらに「うまいわね」なんて言うので余計に腹が減って、腹が立ってくる。
やっと出てきたのは山菜うどん。考えてみると、まだ5分と経っていない。その山菜うどんを少し味見。これがうまい。何よりも汁が絶品だ。関東でこれほどうまい汁に出合うとは思わなかった。しかも当たり前だが手打ちうどんもうまい。しこしこという手打ちならではの食感が感じられるが腰が強すぎない。小麦の甘さが浮かんでくるのに連れて微かに香ばしさというか風味も出てきた。
話はそれるがうどんのうまさの話をすると必ずイのいちばんに出てくるのが「腰」の強さ。「うどん=腰」なんていうバカまでいるのには呆れかえる。うどんのうまさはいかに麦のもつ甘味、そして風味を引き出すかにある。それは手打ちでも機械打ちでもいいのだけれど、この味わいを引き出すときに結局適度な腰が生まれるわけで、目的が腰ではいのだ。しかも腰が強すぎると麺自体の味わいがわからなくなる。
やっとカツ丼が出来上がり、熱々のどんぶりの中でのせたばかりの三つ葉が萎びている。驚くべきことに、これもうまい。豚肉はまあ普通だがご飯と煮汁の味わいがよく、ついつい一気にかき込んでしまうというまさだ。みそ汁はやや辛目。この塩分濃度に山に来たという実感が湧く。脇に添えられた、きゃらぶきも醤油辛いが味が良く、家人がさかんにかっぱらっていく。
そして、ざるうどん。やはりうどんが実にうまい。つけ汁も甘味が控えめで、うどんの風味を損なわない。小皿の七味唐辛子は自家製だと言うが、この香りがよく、つけ合わせの野菜もうまい。ざるに残った破片、汁に残った最後の一本まで食べきって、まだもの足りない。ひょっとしたらもう一枚ざるを食べないと一生後悔するかも知れない。
「やっぱり、ざるうどん、大盛りにしとけばよかったな。ざるもう一枚食べようかな」
家人は聞こえない振りをして支払を済ませるのだった。