名古屋に初めて行ったのが30年ほど前。そして確かに食べたと記憶するのが名古屋駅から歩いていけるところにある、どうやら『矢場とん』の大須の本店であるようだ。東京の予備校で知り合った女の子がなぜか名古屋の学校に受かり、ちょうど1年半たったとき「帰省するときに名古屋に寄ってよ」といわれて人生がバラ色に輝いた。可愛くて美人で、ミニが似合うボクには憧れの女性だった。ウキウキしながら名古屋駅で帰省の途中下車。
そして出迎えてくれた彼女は別人だった。
「太ったでしょ」
なんてもんじゃない。
テレビ塔、名古屋城へ行き、彼女がボクを連れて行ってくれたのがみそかつの店。彼女は丼、ボクはデカイとんかつ、今思えば「わらじとんかつ」を食べた。
たっぷり食べて、改めて彼女を見てみるに、ほんの1年と少し前、新宿駅で別れたときの面影が幻のようである。そう言えば天地真理というアイドルがいたのだが、久しぶりにテレビで見るとまるで猪八戒のように変身していた。それと同じ衝撃だった。よほど名古屋の食い物が旨いのか? もしくは受験勉強のストレスを名古屋の食で癒したのだろうか。
でもそんなことは置いておくとしても、みそだれのかかった「わらじとんかつ」はボクにはとても新鮮で、甘くて旨かった。
ちなみにそれから愛知県で3回ほど、みそかつを食べている。それがぜんぜんうまくなかったのだ。ソースかけて食べればよかったとしみじみ後悔したのは常滑駅前の店。ここのは甘すぎて、食いしん坊のボクが残しそうになった。
それからたぶん30年振りの『矢場とん』である。連れは千葉の海人つづきさん。築地の東都グリルでさんざん飲み、会話が楽しすぎて固形物をほとんど食べていない。なんだか胃の腑が寂しーくて仕方ない。うまい食い物屋を求めて歌舞伎座から有楽町方面を目差して、なんとなく路地に入ったら豚のカンバン。まあこれが派手なもので一瞬引いてしまう。でも『矢場とん』の文字に文字通り引っかかって入りたくなる。
入った店内のなんとも味気ない作りであることか。そう言えばこのような変にモダンな店舗が名古屋アタリには多い。この時点で少しずつ30年も前のことが頭に浮かんできていたのだが、本当にここはあのデカイとんかつの屋の支店だろうか? 2階の席について当然の如く「わらじとんかつ」を注文する。
出てきたものには微かに記憶がある、「確かこんな感じだった」。でも久しぶりの、みそかつがやっぱり旨くない。みそだれが甘すぎるのだ。これは愛知県独特の豆味噌にしょうゆやみりん、砂糖で作り出したものだろう。これが甘くて、間違いなく“うまいとんかつ”の味がわからなくなっている。ほんの少しでもいい、もう少し塩辛ければ旨いはずだ。どうしてこんなに甘いんだ。
さてボクは名古屋の味が決して嫌いではない。「ミラカン」「天むす」「みそ味のおでん」、また八丁味噌自体も好き。新幹線ホームのきしめんも『山本屋(間違っているかな)』の「みそ煮込みうどん」も大好き。あと津島市で買った「ふなみそ」もよかったし、豊川の鰻丼も旨かった。
でもときどき「ごっつい甘い」のに出くわして面食らうことがあって、『矢場とん』のは甘味があっさりしているのだが、とんかつというものの媒体(タレ)としては「甘い=辛さよりも控えめでなければならない」という絶対的な原則から大きく外れている。ではまったく受け付けないかというと、そうでもなさそうだ。「たまに食べたくなるんじゃないかな?」とは思うのだ。
だいたい今回は朝から昼過ぎまで築地の東都グリルでさんざん日本酒を飲んでいる。普通は昼には「ビールくらいにしておくでしょ」とは思ったのだが、“いけない”きんのり丸さんが「日本酒にしましょう」というものだからついついぐいぐいやってしまったのだ。その上、目の前にいたこれまた“いけない”ヒサマツさんがどんどん注いでくれる。いけない、いけないと思ってもついつい日本酒が喉を通りすぎるのだ。その後の『矢場とん』だから、「旨くなかった」というのは「日本酒をがばがば飲んだ後には旨くなかった」と言うことかも知れない。また行ってみるべきかなー?
矢場とん
http://www.yabaton.com/