洋食: 2006年8月アーカイブ

「コーヒーと洋食の店」とあるので「入るべきかやめるべきか」考えてしまった。外見からするととても「入りたい」店なのだ。内海隆一郎の小説にでも出てきそうな、こぎれいで情緒に富んだ店の趣。しかもかなり空き腹である。これは近年昼食をほとんど食べなくなったせいだ。食べても軽く一膳、しかもお茶漬けだけだったり、お菓子でごまかしたり。
 そんな空腹で森下町交差点そばの「鍵」の前に立っているのだ。結局空腹に押されて店内に入る。テレビの前の席に老人が座っていて、入るや否や席を立ち、奥に消えた。どうもこの店の方らしい。そしてその奥さんだろうか出てきてメニューと水、おしぼりを置く。店内はチョコレート色の腰板、そしてテーブル、テーブルの表が白いだけで壁は沈んだ濃いベージュである。その壁にはメニューも、ポスターも貼っていない。なんとも清潔で静かな店内である。
 メニューを見るとハンバーグやカツ、オムライスなど。お勧めを聞くとハンバーグであるというので、それを注文。ライスは別であり、ハンバーグとビールもいいな。でも考えた末にビールではなくライスを注文する。合計850円。学生街から高額な都営地下鉄に乗り、森下町で下りる。学生街ならハンバーグライスが650円で食べられるが、下町にきて850円というのは、ちょっと贅沢なのだ、貧乏なオヤジには。でもでも、この「鍵」での一時がよかった。
 後からご婦人が来店してきた。この女性の座った席が奥に近いところ。100円玉をコロコロと置くと、この屋の老婦人が自然と前に座って、旅行や会の話を始めた。そしてコーヒーが来て。またご婦人方は話し始める。その話しぶりが、とてもいいのだ。浅草などでやたらに目立つオバサンに出くわし、堂々と大声で個人的、あまりに個人的な話をしているのに出くわす、また学生街では若者がそのようなことをしでかす。でも、ここでの話はつましく、しかも自然でふたりのご婦人、そして店主らしき老人も含めて適度な友好が見られてとてもいい。こんな些細なことから、ついつい森下町にたった一人で住んでみたくなる。いいな森下町とも思う。
 まあ、そんな一時があってハンバーグが到着。これがとても端正な昔ながらのもの。ハンバーグ自体は平凡だが、そのソースがとてもうまい。個人的には上質のドミグラスは味気なくもの足りないと思っているが、ここのはそんなもんではなく、ちょっと酸味があってしかも明確な味わい。ご飯に合う。
 食べ終わるのはあっという間だった。時計を見てコーヒーで長居したいのを我慢する。そして近所にスーパーがないか聞くと、「フジマート」までの道を懇切丁寧に教えてくれた。本当にいい気分で歩く、森下町であった。

「鍵」は新大橋通、馬肉の「みの屋」のそばにある。

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