『さぶちゃん』『近江や』『キッチングラン』は3兄弟である。そのなかでもっとも利用回数が少ないのが『キッチングラン』だと思う。だいたい学生時代には一度も入っていない。お茶も水界隈には明治、専修、中央、東京電気、それに大原簿記学校、アテネフランセ、文化学院、お茶美、など数知れずの学校があって、それぞれに微妙な縄張りがあったように思う。この靖国通りから白山通りを水道橋方面に曲がるというのが、ボク達の学校からすると、やけに遠く感じた。
初めて入ったのは仕事を始めて数年経ってからである。知り合いの古本屋店主が夕ご飯を食べに行くというので、のこのこついていった。そこで食べたのがメンチカツだったが、やや量的にももの足りなかった。知り合いの古本屋が注文したのはセットメニューというやつで、「さすがは常連」だと感心する。それから10年単位で2回、3回食べに行く程度。忘れた頃に入る店というのが『キッチングラン』なのである。だから神保町怖い顔三兄弟でも、この店のオヤジだけ顔が浮かばない。
今回、夕食を食べる気になったのは、この店が長い間しまっていたためだ。それにかれこれ10年近く店に入っていない。その素っ気ないサッシのスイングドアを久しぶりに入っても、初めて入った気分である。厨房には三兄弟にしては若すぎる男性。どうもこの店は代替わりしてしまったようだ。
今回初めてハンバーグ、そしてショウガ焼きセットにする。これがちょっと失敗であった。記憶が正しければメンチの味はいいのである。それがハンバーグは焼き置きしたものであるようで、味は悪くないが、からめたドミグラスソースもなんだかうまいものではない。ついでにショウガ焼きも平凡だ。ただしつけ合わせのせん切りキャベツ、ヘナっとした酸味の薄いナポリタン、こう言うのが大好きなので、この定食の評価は低くはない。そう言えばナポリタンは茹ですぎて冷めてヘナっとしたのがいい。田舎の国道沿いの喫茶店なんかでエイヤ! と真面目に作ったのが出てくるとがっかりする。ナポリタンを神保町・お茶の水族が一品として注文するのは『さぼーる2』だけだ。
今回改めて思ったことだけど、この店のよさは、この平凡さにあるようだ。ちなみにボクの知り合いには幾人もの、この店の常連がいる。考えてみると彼らからも特別この店の味の話が出たことがないのだ。これなど須田町の『松栄亭』とは対照的だし、また『キッチン南海』のカツカレーのような特筆すべきメニューもない。この店にあるのはいたって普通の昔ながらの洋食屋然としたところ。そこが多くの常連を惹きつけている。そんな気がするのだ。