お茶の水駅から、駿河台をおりてすずらん通りをまっすぐ、白山通りを渡ったところを、さくら通りという。ここにはかつて戦前の映画界に名を残す東洋キネマ(20年くらい前まで建物が残っていた。映画館)があり、確か勧行場(文字間違っているかも、資料が見つからない)もあって戦後まで殷賑を極めたところであった。でも今は見る影もない。
ボクがさくら通りに行くのは単に銀行に立ち寄るためであり、行きつけの古本屋があるではなし、とんと縁のない地区だ。時刻は5時を回っている。昼飯抜きなので腹が減って「どこでもいいから、飯が食べたい」という状況に陥っていた。でもこんなときに厄介なのは帰宅して魚貝類が待っていると言うこと。なにしろ365日、魚貝類を食べない日はない、という日常なので自宅には「食べなければならない魚貝類」が常に待っている。
と言うことでラーメン屋を探す。探すほどのこともない。さくら通りの専修大学通り入り口角に一度も入っていない古めかしい中華料理屋があるのだ。当然、ボクが初めて神保町を歩いた30年以上前にもあったのだけど、このあたりは専修大学の縄張りなので一度もここで飯を食ったことがない。
店は角地で外観からすると三角形じみて見える。入ってみるとこれが正方形に近い。薄暗い店内、古くなったテーブルが3つ、4つ。右手奥が厨房で、隔てる壁にたくさんの品書きが見える。ボクは当然の如くラーメンを注文する。ここには「半チャンラーメン」があるが800円以上もする。これは都内の中華料理屋の平均的な値段ではあるが、神保町では高い部類になる。
ほどなく来たラーメンは想像したごときものであった。すなわち中華料理屋のラーメンよりはちょっと上だろうと思われるもの。店の看板にある「中華そば」の文字にほんの少し期待していたのだ。豚ロースであろうチャーシュー、メンマにほうれん草。東京ラーメンでは必須アイテムである「なると」がないのが残念だが、醤油味のスープは明らかに昭和の味がする。スープは醤油の香りが強いがなかなかあっさりしてうまい。塩分濃度と旨味のバランスもいいではないか。ストレート麺がやや多めであること、やや粉っぽいことなどが欠点だ。麺を替えれば、これは旨い部類のラーメンではないだろうか。思ったよりも「上」のラーメンに満足して店を出る。
夕闇迫り、帰宅を急ぐ人が行き交う。近所に品揃えは凄いが値段の点で折り合いのつかない『鳥海書店』がある。目の前には小さな酒屋があって、日本酒、焼酎の品揃えが素晴らしい。しかも仕事場からちょっと距離があるのがいい。ということで、「ときどきここで飯を食うのもいいな」と久々のさくら通りで思った次第である。
成光 千代田区神田神保町2の23