今月初めだろうか仕事場で「あの白山通りに洋食屋ができてますよ。そして行列がすごい」という話を聞いたばかり。そんな夕暮れに、その「もとはサンドイッチ屋、それからカレー屋となって、こんどは洋食屋に変ぼうした」角の小さな店に入ってみた。
神保町交差点からほんの少し水道橋方面に歩いたところ。入ってすぐにカウンターが奥に続き椅子が5つ6つ? 奥にはテーブルが見える。そして左手に厨房がある。ここでやや白っちゃけた髪の薄い神経質そうな男性がフライヤーにエビフライを入れている。この男、年齢不詳である。座席に着くと、神保町には不似合いなオバチャンにいきなり、「席を前に寄せてね」と注意される。このオバチャンはこの男性のお母さんであると見たが間違いだろうか? 午後7時前、席は7割方埋まっている。
メニューを見てエビフライやコロッケときて「とんぷら定食」というのを見つけてお願いする。こ「豚」の「ぷら」だから豚肉の天ぷらだろう。そう言えば岩波書店の近くに『末広』というカウンターだけの名物食堂があって、ここでは「とん天」といっていた。あの味わいが懐かしい。
注文して改めて店内を見回すと定食はすべて650円であるのが判明する。これはなかなか嬉しい値段である。
そして待っているといろんなことが目に付いてくる。この男性、非常に不器用そうに見える。きっと開店したばかりで、勝手が悪いのかも知れないが、手順の狂いがはっきり見える。また、このオバチャンがぜんぜん客の順番や注文を覚えていない。見るともなく見ていると厚みのある豚肉に衣をつけて揚げているのだが、明らかに油から出すのが早い。当然火が通っていないわけで、サクサクっと包丁を入れたものをまた油に放す。この「とんぷら」が左の男性にいき、すぐにこちらにもきた。カウンターにはかなり待ちくたびれている人がいて、大丈夫かなと思っていたら、やはり順番を間違えていたようだ。
この順番を違えた「とんぷら」であるが、なかなか味がいいのだ。しょうゆとソースが置かれていて、迷わずにソースをかける。これは西日本の生まれなのでいたしかたない選択。衣がフライに負けないくらいしっかりしていてやや香ばしい、厚めの豚肉も軟らかく揚がっている。下味のつけかたも適度だ。つけ合わせの野菜のバランスもほどほど。残念なのはご飯がやや軟らかく、そのクセふっくらとしていない。これは米自体(値段ではなく炊飯器との相性)から見直した方がいい。そして、ここに着いてくるのがコンソメ風味のスープなのだけど、みそ汁だったらいいな。
この店主さん、どうも厨房の立ち居を見ているとかなり神経質であるようだ。肩の力がとれてうまくこの店の平面に慣れ調理の手順を会得し、少し年齢を重ねると神保町になくてはならぬ店になるかも。また、このオバチャンが、困った人ではあるがいいのである。できればずーっとこの不安感を残したまま店を続けて欲しい。ボクの年齢にはこんなこともとても楽しい。