店に入っていきなり目に飛び込んできたのが、たぶん標準和名ガンギエイの煮つけ。
金沢では「コッペ」という。
ここで見た「コッペの煮つけ」のユニークであるのは皮がついていること。
日本海から千葉県以北でよくガンギエイ科の「えいの煮つけ」を食べるけど、多くが皮を剥きとっている。
皮付きの皮が思った以上に気にならず、むしろいい食感となっている。
こんなことも新発見だ。
エイの仲間でも皮の使える種とダメな種がありそうだ。
『寺喜屋』のちょうどいい加減の味つけとともに絶品だと思う。
「いわしの塩いり」は金沢の代表的な家庭料理だ。
初夏の小振りのマイワシか、秋から春にかけてのカタクチイワシが材料。
これを海水くらいの塩水でゆでて、ゆでた湯を捨て、鍋で不要な水分を煎り飛ばす。
これを生酢と醤油、大根おろしで食べるもの。
簡単至極な、こんな手軽な料理が、これほどに感動的にうまいのだと初めて知った。
我が家でも作っていたものだが、ひたすほど生酢を回しかけるのだというのがわかっていなかった。
それを醤油を染みこませた大根おろしとともに食べるのだが、ついつい頬がゆるむ一品だった。
『加賀の田舎料理』(井上雪 懇談社)に一皿の塩煎りが残ったら、翌日電子レンジで温めて食べるとまた違ったうまさだとある。
これも近々試してみたいのだが、なかなかそれが実現できない。
それほどに「塩煎り」はうまい。
「大根寿し」は大根に身欠きニシンを挟み込んで麹に漬け込んだもの。
意外なことに個人的には名物とされている「かぶらずし」よりもうまいと思う。
塩漬けのブリよりも身欠きニシンの方が旨味が濃い。
また大根の方がさっぱり、きりりとして、加えるに舌をひんやりさせるのがいい。
『寺喜屋』のは自家製だとのこと、帰宅して後悔したことが、お土産にできなかったのだろうか、聞けばよかったのだ。
『寺喜屋』の名物ではないだろうか「ぶり大根」は。
ブリが主役ではなく、ブリをだしにした大根が主役。
味つけは甘味も醤油気も控えめ。
大根のうまさが際だっている。
これは毎日作っているからこそできる味だ。
大根二つに対して添え物にみえるブリの粗もなんともうまい。
粉をふいた「じゃがいもの煮たもの」は作るのにコツがいる。
味付けも、じゃがいもらしくホクホク感を生かさなければならない。
それが満点に近い味なんだから、素晴らしい。
もっと食べたいと思うが、残念ながら腹に隙間がなくなる。
刺身はマダイ、「車だい(マトウダイ)」、「がんど(ブリの若魚)」、しめサンマ。
しめサンマはともかく、総て鮮度抜群の刺身だ。
がんど(ブリの若魚)がこんなにうまいのが不思議でならない。
日本海で珍重する「車だい(マトウダイ)」のもちっとした食感も光る。
めぎすはニギスであり、これを小骨ごとすり身にして団子としている。
その団子を澄まし汁に入れて地味な一品だがあなどれぬ。
ややさっぱりしすぎるほどの汁だが、塩加減がちょうどよく出しの味わいが殷々と続く。
沈んでいるニギスの団子は骨ごとすりみにしたものらしく、微かに歯に当たる物を感じながら、その旨味に充実したものを感じ取れる。
近年、これほど豊かな澄まし汁を飲んでいない。
燗酒はちろりで出てきた。
熱燗でもなくぬる燗でもなく、ちょうどいい温かさだった。
最後にもらったご飯もおいしくて、満腹になって、なおまだもの足りない。
もっともっと皿数を増やせば良かったと後悔しきりだ。
最後に、これだけ食べてもひとり二千円以下だった。
寺喜屋 石川県金沢市野町犀川大橋詰
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑(いちばぎょかいるいずかん)へ
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