管理人: 2006年7月アーカイブ

 木更津街巡りはあまり収穫らしいものがなく、残念であった。「木更津銀座」なんてあってもシャッターを閉めている店が多く。駅から港へ伸びる道路も寂しかった。木更津で面白かったのはむしろモルタルの古い建物と小さな映画館。考えてみると俳優の中尾彬や高橋英樹なども木更津出身だったはず。映画館が多いのとなにか関係があるんだろうか?
 そんな街を回っていて見つけたのが『木村屋食堂』。暖簾に中華そばとあり、中華・洋食の古い形態の食堂に違いない。

 入って2人席を占めると後から、後から客が入ってくる。そして奥の品書きを見ると、すごいのだ。オムライスやカレーからラーメン、餃子もある。迷いに迷って串カツ定食に決めた。決めた途端に公開した。考えてみると「ワシは串カツがあんまり好きではない」というのを思い出したのだ。だいたい中に玉ねぎやネギ、ときにピーマンなどが挟まっているが、これがためにボリューム感に欠ける。バカだな、オムライスにラーメンなんてのもありだし、カツ丼だってあったのに。
 その期待しないで待っていた串カツ定食がうまかったのだ。かりっと香ばしい香り、そして適度な揚げ加減。豚肉からもじわりと旨味が滲み出してくる。脇のサラダもたっぷり、みそ汁もいいし、お新香、細切り昆布の佃煮もいい。
 このタイプの洋食もの(カツやコロッケなど)定食でいちばん好ましいといった模範的なもの。こんな食堂があるだけで木更津に来て良かったと思う。
 話はそれるが、だいたい今時の懲りすぎた店は嫌いだ。外観ばかりに凝ってろくなものを食わせない。それに反してなんと『木村屋食堂』の好ましき佇まいであることか? こんどはオムライスと中華そばを食べることに決めたのだ!

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木村屋食堂 千葉県木更津市富士見2丁目1-6

 横須賀市林というのは横須賀の東岸から西岸に抜けたところである。三浦半島は山が多く山と山の間に点々と街がある。その点のひとつが林、武山あたりなのだ。
 その林のど真ん中の三叉路にあるのが「三留畜産」という肉屋。高価な葉山牛を売る店なんだろうけど、そんな贅沢なもんは当然のごとく買えるわけがない。ここで買うのがコロッケ53円やメンチカツ53円だ。またロースカツやハムカツなどもビックリするほど安い。
 ビックリするほど安い上にビックリするほどうまい。この店に来るたびに林で暮らす人たちが羨ましく思える。ということで三浦半島に来たらボクがお土産とするのは「三留畜産」のコロッケなのだ。だれもこれが53円しかしないなんて思うはずがない。

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三留畜産武山店 横須賀市林1-21-2

 中一の頃であるから昭和で言うと44年のこと、初めて自分で買った食料品がこれである(それまではお使い)。しかも購入した動機がお茶漬けが食べたかったわけではなく安藤広重の「東海道五十三次」のカードが欲しかったためである。確か初めてカードを見たのは小学生の頃、そのときには気にもとめていなかったのが、中学に入ると友人が数枚持っていて欲しくなったのだ。
 ところがせっかく買ったものの近所の文房具屋に入るともっと魅力的なものを発見。これが切手、趣味週間の安藤広重の「東海道五十三次 蒲原夜ノ雪」である。ときは切手を集めるのがブームとなっていて、さっそく祖母に買ってもらった記憶がある。上村梢園(間違っていないかな漢字)の「序の舞」、「月に雁」なんて憧れたものだ。
 結局、買ったはずの「お茶漬け海苔」のことはすっかり忘れ去り、実際に初めて食べたのは上京して一人暮らしを初めてからだ。薄暗い南小岩の六畳間、残りご飯とお湯さえあれば食べられるのだから便利であった。
 この大学生活では「お茶漬け海苔」はなくてはならないものであった。だいたい仕送りの前など毎食、ご飯とお湯、そして「お茶漬け海苔」となる。安いのに病みつきになる旨さがあって、まさにお世話になった食品ナンバーワンである。
 この「お茶漬け海苔」の発売が1952年。昨年逝去した永谷園創業者、永谷嘉男が開発したもので、今でもパッケージにほとんど変更がなく、店頭で見てもつい手に取ってしまう。また永谷園など東京からくる商品が発売されても四国の片田舎に来るのにはなかなか時間がかかる。それで私的に永谷園を初めて知ったのが中学生の1969年となるのだ。翌年が大阪万博でこの頃から食料品店にならぶ商品に東京もの(桃屋など)が増えたように感じる。

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永谷園
http://www.nagatanien.co.jp/

 いつも前を通るたびに入ってみたいと思う店ってあるだろう。そのひとつが飯田橋の『まさみ』であった。そしてやっと食事時に前を通りかかり暖簾をくぐる。しかし年をとっても初めての店に入るのは緊張する。と入った途端に「いらっしゃい」と可愛らしい女性のここちよい声。これを聞いて気分がほっとする。
 思った以上に店内は狭い。正面に4、5人座れそうなカウンター、左手にテーブルが4つ置かれている。カウンターの右手が厨房である。厨房からのやりとりから家族でやっていますという雰囲気が伝わってくる。
 梅雨が明けたか? と疑いたくなるほど青い青い空が広がり、炎暑となっている。ほんの十数分歩いただけなのに、ポロシャツから汗が染み出してくるほどである。思わず、ビールを飲みたくなるが、ぐっと我慢。たっぷりと仕事が待ち受けているのだ。

 品書きを見ると野菜炒めなどの中華が中心となっていて、これに加えてしらすおろしや冷や奴がある。またカツ丼があるが豚カツ定食はない。考えた末に初めてなので本日の定食(600円)にしてご飯は大盛り、ついでに冷や奴。全部で820円也で、腹ぺことはいえ少し贅沢だ。
 待つほどもなく、やってきたものにビックリ。まずご飯を大盛りにしたのが大失敗。この店、どうやら並でもかなりの「盛り」であるようだ。そしてナスと挽肉を炒めたものもたっぷり皿から盛り上がって見える。いきなり並んだ定食にムクムクと闘争心が湧いてくる。
 まずみそ汁をひとすすり、やや塩辛いみそ汁が炎熱地獄を歩いて、びっしょりと汗をかいた身に染みる。そこにナスを挽肉のあんにからめてムハっと口に持っていく。「おー、うまい」。なかなか地味な店構えに反比例して、うまい・うまーい。それをたっぷりご飯にのせてワシワシと口にかき込む。「あ!」心地よく、これが食道を下っていく、下っていく、そして収縮した胃にどんどん吸い込まれていく。幸せいっぱいな気分で、また汗がどばっと噴いてくるが、これはオヤジだから仕方ないのだ。合いの手の冷や奴、キュウリもいいな。そしてナスがあらかたなくなって最後は生卵で超大盛りご飯の制覇をなしとげることができた。ほっと一息ついて、お腹のあたりから名状しがたい満足感が浮き上がってくる。いい昼飯だ。

 神保町から西神田もしくは九段下からグランドパレスを経て飯田橋というのはお気に入りの無駄歩きコース。もうこの店の前も何十回(百回以上かな)も通っているはず、そのつど気になって20年近い年月になる。猛暑のなか、日本橋川を渡りながら「うまそうな店だと思ったら、とにかくすぐに入って食ってみるべし」と肝に銘じたのだ。

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まさみ 東京都千代田区飯田橋2丁目3-1

 千葉県勝浦市にはもう20年以上前からなんども来ている。主にクロダイ釣りに来ていたのが、街自体が好きになって、朝市を見に来る方が多くなっている。
 そんな勝浦朝市を巡って、朝ご飯を食べるのが、下本町の『いしい』である。ここでシンプルな昔ながらの醤油味のラーメンを食べる。朝市で野菜や干物を見ていると、知らず知らずにかなりの距離を歩いている。そしてやっと一息ついて食べるラーメンが近年勝浦での楽しみのひとつとなっている。この『いしい』のラーメンは在り来たりなしょうゆラーメン。澄んだ鶏ガラスープに醤油味、メンマと海苔、チャーシューと具も少なく朝ご飯にピッタリである。きっと小津安二郎の『お茶漬けの味』で鶴田浩二がおいしそうに食べていたのもこんなラーメンだろう。
 その素直なラーメンの味がとてもいい。しょうゆ味のスープはうまいし、チャーシューもうまい。だいたいこの店に入ったのも朝市のオバサンがおいしそうなラーメンを食べていて、それで見つけたのだ。地元の人が昔から食べてきている味にまずいものがあるわけがない。

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中華の『いしい』は月の前半に朝市が開かれる下町にある。
勝浦の朝市に関しては
http://www.fonet.co.jp/YOU-katsuura/asaiti/

飯能夏祭りを歩く01

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 飯能に祭があると知って姫を連れて八高線に乗り込んだ。どうもこの日、埼玉県の数カ所でお祭りがあるらしい。ところが車内はガラガラ。いつもの八高線の長閑さである。目の前にはユダヤ系らしきアメリカ青年がいる。姫が車内で暴れ回っているのを尻目にじっと正面を向いたまま。ほとんど瞬きもしない。東福生で電車を降りた。
 ゆっくりと狭苦しい軌道の上を走る電車の前面に広がる緑は濃く、そしてどこか暗い。梅雨の真っ盛りの感をいだき寂しくなる。金子という駅に着いて駅から出る人をみて雨が止んだことを知る。そして東飯能に到着する。
 10時半過ぎ。東飯能は思ったよりも寂しく、飯能市の中心が西武線飯能駅にあるのがわかる。
 駅を下りるとロータリーがある。左手にファミリーマート、その前に子供が数人見られるが、お祭りがあるなんていう雰囲気はない。ロータリーからそのまま中央通りというのを西に歩く。この通りがどうにも不思議である。飯能の繁華街、商店街を作り上げているのは、ここと南側に平行に走る飯能銀座商店街、駅に続く南北の駅前通。この3つが3つともほどほどにクルマの往来が激しいが、どれひとつとして幹線だとは思えない。どうも飯能は幹線道路から外れた行き詰まりの場所にあるのが町中にあってもわかる。それでは、この賑やかで古い町筋はどうやって形成されたのだろう。

 街には蔵や古い建物が多く残っている。これは川越ほどではないにしても歩いていて楽しい。この町の繁栄は地図を見る限り秩父からの材木などの集積地としてのものではないだろうか? 秩父の産物というと石灰と木材であろう。これは寄居まで下るのか、飯能に下るのか? この辺のことは少しずつ調べていきたい。また現飯能市は埼玉県にあっても広大な市であるが、ボクのこの文章中の「飯能」は明らかに旧飯能町の話である。

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提灯、傘を専門に売る店というのもいまどき珍しいのではないか? ひょっとしたら提灯を作っているんだろうか? ボクの生家でも提灯を作っていた

 飯能の通りは長く、そして商店がまだ健在だ。中央通りには古い和菓子屋、傘屋などが残っている。
 駅前通にぶつかって西武飯能駅前で銀行に立ち寄る。この駅周辺はありふれた近郊都市のものであり、チェーン店が目立ち、つまらない。フライドチキンやドーナッツ屋があるなかを浴衣姿の娘を見つけて姫が「かわいい」と言う。この浴衣姿にやっと祭らしさを見る。そのまま飯能銀座商店街の駅前通から西側を歩く。

 ここは一方通行のためかクルマの往来が少なく、とても歩いていて楽しい。
 まず左手の『まるしん』という食料品店に目を奪われる。何度見ても見事である。たぶん出来た当初は他を圧する新進の建物であっただろう。店の正面右側が総合食料品店、左側が喫茶店であった。喫茶店は文字だけしか残っていない。この建物で惹かれるのが建物上方の「丸に新」の赤いロゴ。またそれ以上にいいのが階上が住居スペースであること。ボクも片田舎の商店街に生まれているので、こんな建物を見ると、ついその暮らしを思い浮かべてしまう。

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 道の左手には『杉山フルイ店』。店先には多種多様な竹製品。またこの店は釣具店であるらしく店の正面に「ハヤ、ヤマベ竿、山女竿、鮎竿、鮎毛鈎、入漁券(年券、日釣券)有ります」と書かれている。「鮎毛ばり」があるということは入間川ではどぶ釣りができるのだろう。また最近いろんな町を歩いていて気がついたこと。「竹カゴなどを売る店が釣り具を売っている」ことが多々あるように見受ける。どうも釣具屋というのは竹製品とイコールであったわけで、このあたりも気になる。

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 そして『杉山フルイ店』の前には和菓子屋の『丸米 伊勢屋』。ここで姫と団子を食べる。姫もボクも醤油味の団子が大好きだ。その醤油味に2種類あり、「むらさき」と「久下(くげ)」というもの。「むらさき」が醤油味なのはわかるとして「みたらし」が「久下」というのは知らない。調べてみると飯能市入間川河畔に「久下」という地名があり、なにか関係があるのだろうか? この「むらさきだんご」が醤油辛くてうまいのだが、姫はひとつだけ食べてあとはくれた。

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「久下(くげ)だんご」=「みたらしだんご」というのが面白い

 右手に『マキタ』という時計店。この個人商店の時計店が今では希少である。その隣にモルタルの長屋風の建物があり『吉川理容店』。ボクの次回の目的はここで散髪してもらうことに決めてしまいたい。でもそうそういいタイミングで飯能に行けるだろうか。

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 前回豆腐を買った『とんき食品』がある。今回の飯能で大発見があり、それがこの『とんき食品』と関わることであった。それから自家でお茶を焙じている『安田園』を過ぎると目の前が急に夏祭りらしくなった。

 今月初めだろうか仕事場で「あの白山通りに洋食屋ができてますよ。そして行列がすごい」という話を聞いたばかり。そんな夕暮れに、その「もとはサンドイッチ屋、それからカレー屋となって、こんどは洋食屋に変ぼうした」角の小さな店に入ってみた。
 神保町交差点からほんの少し水道橋方面に歩いたところ。入ってすぐにカウンターが奥に続き椅子が5つ6つ? 奥にはテーブルが見える。そして左手に厨房がある。ここでやや白っちゃけた髪の薄い神経質そうな男性がフライヤーにエビフライを入れている。この男、年齢不詳である。座席に着くと、神保町には不似合いなオバチャンにいきなり、「席を前に寄せてね」と注意される。このオバチャンはこの男性のお母さんであると見たが間違いだろうか? 午後7時前、席は7割方埋まっている。

 メニューを見てエビフライやコロッケときて「とんぷら定食」というのを見つけてお願いする。こ「豚」の「ぷら」だから豚肉の天ぷらだろう。そう言えば岩波書店の近くに『末広』というカウンターだけの名物食堂があって、ここでは「とん天」といっていた。あの味わいが懐かしい。
 注文して改めて店内を見回すと定食はすべて650円であるのが判明する。これはなかなか嬉しい値段である。

 そして待っているといろんなことが目に付いてくる。この男性、非常に不器用そうに見える。きっと開店したばかりで、勝手が悪いのかも知れないが、手順の狂いがはっきり見える。また、このオバチャンがぜんぜん客の順番や注文を覚えていない。見るともなく見ていると厚みのある豚肉に衣をつけて揚げているのだが、明らかに油から出すのが早い。当然火が通っていないわけで、サクサクっと包丁を入れたものをまた油に放す。この「とんぷら」が左の男性にいき、すぐにこちらにもきた。カウンターにはかなり待ちくたびれている人がいて、大丈夫かなと思っていたら、やはり順番を間違えていたようだ。

 この順番を違えた「とんぷら」であるが、なかなか味がいいのだ。しょうゆとソースが置かれていて、迷わずにソースをかける。これは西日本の生まれなのでいたしかたない選択。衣がフライに負けないくらいしっかりしていてやや香ばしい、厚めの豚肉も軟らかく揚がっている。下味のつけかたも適度だ。つけ合わせの野菜のバランスもほどほど。残念なのはご飯がやや軟らかく、そのクセふっくらとしていない。これは米自体(値段ではなく炊飯器との相性)から見直した方がいい。そして、ここに着いてくるのがコンソメ風味のスープなのだけど、みそ汁だったらいいな。

 この店主さん、どうも厨房の立ち居を見ているとかなり神経質であるようだ。肩の力がとれてうまくこの店の平面に慣れ調理の手順を会得し、少し年齢を重ねると神保町になくてはならぬ店になるかも。また、このオバチャンが、困った人ではあるがいいのである。できればずーっとこの不安感を残したまま店を続けて欲しい。ボクの年齢にはこんなこともとても楽しい。

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 三河から尾張へ、国道一号線を走っていて大きな「きしめん」の文字に惹かれて入った店。すぐ西に熱田区二番2の歩道橋が見える。
 真っ黄色のデカイカンバンの割にいたって庶民的な店。注文したのは肉丼ときしめんのセット。これが残念ながらメニュー(セット)名を忘れてしまったが690円。考えてみると「きしめん」を食べたのは名古屋駅地下と新幹線のホーム。新幹線のホームのはなんとも美味でおかわりしたいくらいであった(古い記憶だが)。
 それで少々期待したら、その期待には届かないものの美味。つゆはかつお節の風味がきいていて、やや甘めで、穏やかな味わい。きしめんはつるり、これは平凡かな。肉の丼はなぜかゴマ油の風味があり、これは苦手な味。空腹に耐えかねて丼を頼んだのは間違いだった。
 カンバンがデカイのでクルマから見つけただけで入った「めん処 庄吉」、仕事場の近くにあると気軽でありがたい店だろう。店員さんの感じもよく店内は清潔。でも、わざわざ食べに来るほどでもないが意外にこんな店が街には必要なのだ。
 さて久しぶりにきしめんを食べた。それで名古屋のきしめんとは、というと全体にやや甘口、それでいてくどくない汁につるりと平べったい麺。やはり名古屋に来ないと食べられないぬるい味わいであった。

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めん処 庄吉 名古屋市熱田区二番

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 京成線立石駅を仲見世方面に下りてすぐ目の前にある。『愛知屋』は肉屋である。薄汚れたトタン張り(?)のカンバンに白抜きで「愛知屋」とあり、その右手に肉売り場、左手3分の1が揚げ物を売っている。奥でオヤジさん3人が肉を切ったり、揚げたり、お客の対応をしたり。そこを外と仕切っているのがガラス張りの陳列ケース、その下が白いタイル張りである。
 立石の駅を初めて下りたら、まず最初に目に飛び込んできたのが、この店である。この店を見ただけで「立石っていいな」と間違いなく思うのがオヤジの嗅覚だ。
 当然帰りにはここでコロッケを買って帰るべく、じっくりと立石歩きをしてくる。時刻は夕闇迫る7時前。驚いたことには店の前には行列が出来ている。その待っているのが会社帰りのお父さんたちであるのがなんともいい。立石では「お父さん、帰りに愛知屋に寄ってきてね」なんてのが日常茶飯事なんだろう。また並んでいるお父さんたちは「コロッケがおやつだった」という年齢でもありそうだ。

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 コロッケで思い出すのはかれこれ40年以上前、我が故郷の家の前にあったのが尾花精肉店。ここで15円のコロッケを買ってもらうというのが楽しみだった。これを油紙に包んでもらってその場でかじりつく、あれがボクのコロッケの原典。そして味わいだけど、ここで重要なのはソースもなにもつけなくても食べてうまいこと。すなわちコロッケ自体に適度な塩味とコショウで味つけされていることなのだ。だから買ってすぐかぶりついてうまい。


 閑話休題。
 この『愛知屋』で売れているのがメンチカツ、そしてコロッケ。コロッケはいまどき80円である。当然、待ちに待って先頭にたってお願いしたのがコロッケ、そして下町ならではのレバカツ100円。ややたっぷり買ってオマケに着いてきたのがハムカツ80円ひとつ。このオマケになんだかとてもありがたいなと感じるのはどうしてなんだろう。
 そして、このコロッケのうまいのなんのって、いいですね。なにより大きすぎず、小さすぎず。子供のたなごころほどである。そのまま食べてうまい。たぶん揚げたてを一個だけ食べるともっともっとうまいんだろうな。ソースなんていらない味わいだ。しかもジャガイモの味わいが生きている。
 そう言えばスーパーや量販店のコロッケのほとんどがまずい上にデカイ。まったくコロッケの肝心なところを押さえていないのだ。そんなときに『愛知屋』のコロッケを食べてみろってんだい!

 とても腹減りで中央線に乗らなければならない、時間がないお金もないというときに入るのが「アルプス」である。だいたいここに来店している客をみても同様の状態に陥っているとしか思えない連中ばかりだ。いい年をしたオヤジなど、ここで慌ただしくカレーなどを食べているとそこはかとなく悲哀を感じるのではないか。とにかく値段の安いのと味がほどほどにいいこと。また席が多く、待たなくても食べられることがいい。
 カレーにコロッケやカツをのせても500円でおつりが来る。また大盛りにしても500円台で済むのでまことにありがたい。

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アルプス
http://www.yaechika.com/shop_detail/sp169/sp169.html

 山梨に行くとする。塩山だったり、勝沼だったり。ここでいつも困ってしまうのが、どこでお昼ご飯を食べるかということ。山梨名物といえば「ほうとう」なのだが、麺類では寂しいなと思いながら20号線を下っていく。ときには町々を見て歩き、また食堂らしきものがあるとクルマを止めてみる。それでもなかなか魅力的な食堂が見つからない。
 結局、もうすぐ大月というところで見つけたのが「いなだや」。「いなだや」は20号線が急カーブを切るその湾曲に立っている。民宿も兼ねているようで、釣り客にでも利用されているのだろう。

 どうして「いなだや」にクルマを止めたかというと、その簡素な作りにある。右手が食堂、左手が居酒屋であるようだ。中にはいると昼間から小上がりで酒を飲んでいるグループがいる。またボクの後からすぐに入ってきたのが、この辺りを営業で回っているらしきサラリーマン。
 ここで食べたのが豚カツ定食850円である。となりに味噌カツ定食800円というのがあって惹かれるところ大であったが、まあ味噌カツは名古屋に限るな、と思って豚カツにする。
 さて、運ばれて来たのはいたって普通の豚カツ定食。豚カツの大きさも普通なら、千切りキャベツも程良い山加減。豚カツの柔らかさからすると850円は山国なら安いし、みそ汁はシジミで薬味が三つ葉。お新香は寂しいのが残念だが、いい昼ご飯だったかな。

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大月 いなだや
山梨県大月市大月町真木2823

 前を通るたびに入ってみたかったのがこの店。3階建ての古めかしい外観。各層に緑色のタイル、そしてコンクリートの仕切、このビルの一番上部には青い丸瓦状のものが見える。このような形式の建物は他ではなかなか見ることが出来ない。
 日本橋本町は昔は古いビルが多くて歩いていても楽しいところであった。それが近年、どんどん取り壊されて高層ビルが目立ってきている。そんなとき『大勝軒』を見るとほっとする。ちなみにこの真ん前の鶏肉専門店とともに、なんとか後世に残せないものだろうか?
 さて、昼と夜の営業でなかなか入るに入れないでいた『大勝軒』。先週やっと夕ご飯をここで食べることが出来た。ラーメンも食べたいし、ご飯も食べたいと思ってメニューを見ると、驚いたことにカツ丼まである。中華にカツ丼あり、というのは意外に古い店に多いのだと思われる。それではカツ丼といきたいところを我慢してラーメンと小ライス、餃子の定食Bにする。これが850円。
 タンメンや餃子などの値段をみると、近年の神田、日本橋の相場からするとやや高め。これは老舗としては良識の線なんだろう。昔は明らかに安い店であったのが新興のチェーン店などがしきりにこのあたりで価格戦争をおっぱじめているのだ。そんなことどこ吹く風でいるのも良いのだろう。

 出てきた定食でまず目に飛び込んできたのがラーメンに入っているハム。ハムはチャーシューの代用なのかと思ったら、それもちゃーんと入っている。上品な醤油味のスープで程良い旨味がある、そして微かに香ばしいのは鶏ガラが主体であるようだ。そしてハムはともかくチャーシューがうまい。豚肉の味わいが残る淡い味つけで、これがいい。麺はかなり細く、これはもう少し太い方がいいと思うのだが全体に好きなタイプのラーメンである。

 ちょっと横道にそれるが最近、小津安二郎の『お茶漬けの味』で鶴田浩二演じる岡田がお代わりまでして食べていたラーメンがうまそうで、うまそうで仕方ない。『お茶漬けの味』はなんども見ているのだが、この場面がいちばん好きだというのもおかしな話だな。でも1952年以前のラーメンの味ってどんなものなのだろう。初めてラーメンを食べた記憶と共に昔のラーメンの味を想像するのだ。
 そして『大勝軒』なのだが、その古きラーメンの味わいに「やや近いものである」と思われる。でも本当に麺が細すぎるのが残念だ。
 餃子の味わいは在り来たりだが、うまい。ご飯がついて満足度もあり、ときどき『大勝軒』には立ち寄りたい。

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大勝軒 東京都中央区日本橋本町1丁目3-3

 葛飾区立石というのは東京の下町でももっとも賑やかで楽しいところだ。40歳を過ぎて立石を知らないと一人前ではないなんて言いたいところだが、五十路を前にして初めて行ったのだから面目ない。
 さてその立石のど真ん中にあるのか「立石仲見世」その入り口の駅から見て正面右手にあるのが『栄寿司』である。角地に建ち三方引き戸に囲まれていて、どこからでも入れる。そして立ち食いなのだ。
 入ると親子のような粋な職人さん。このお二人の客への接し方がまことに気持ちがいい。入ってアルコールを注文しなかったのですぐに熱々のお茶。そして目の前の品書きからこはだをお願いする。この梅雨の時期のこはだが難しい。大きさに拘っていてはいいネタは仕入れられないし、まだ新子は高すぎる。出てきたのが「なかずみ」である。これが脂ののりといい締め方といい素晴らしい。そして立ち食いでなによりなのがすし飯の大きいこと。
 そしてシャコ、げそ、煮いかとお願いしてまさに満足至極だ。うまいので食べ過ぎる危険がある、それだけがこの店の注意点。ここで食べ過ぎると立石に数ある大衆酒場の名店を巡れなくなる。
 小腹なら4かんもあればいいだろう。だいたい2個200円から300円であるから、たっぷり食べて1000円前後。しかも握りとしては決して手を抜かない見事なものだ。
『栄寿司』は庶民にとっての名店、この店も立石の魅力を支えているのだと確信する。

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栄寿司 東京都葛飾区立石1-18-5
http://www.katsushika.co.jp/sakae/

 葛飾区立石の豆腐屋さんでみつけたもの。「○に永」の字以外これと言った特徴はないがよくできたパッケージだと思う。東向島と言えば、昔の「玉ノ井」である。今では当然なにもない下町でしかない。
 この納豆、非常に在り来たりなもの。またタレはついていない。ただ立石の豆腐やで見つけたのが旧玉ノ井の納豆屋さんというだけで終わってしまう。ただし東京の地納豆としては捨てがたい存在だ。

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いろは食品 東京都墨田区東向島3の22の4

 さっきの老人は何処に消えたのか? その先にあるのが氷川神社、ちょうどその正面の路地に豆腐屋を見つけたので撮影していると、近所のオバサンが怪訝そうにこちらを見ている。
「いや、路地裏の豆腐屋っていいなと思いまして」
「そおー、あそこは製造もとだけど小売りもしてますよ」
「いいところですね。こんな路地に豆腐屋があって」
「いえね。少し前なんだけどここを引っ越そうと思っていたの」
 路地の遙か向こうに見える高層マンションを指さして
「見えるでしょ。この辺の人も何人かあすこに引っ越していったのよ。あんなとこ住みやすいのかね」

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 うまそうなとんかつ屋がある。陶芸ギャラリーがあって入ってみると、もう店はやめてしまったという。そして今回の大発見。北千住にも天麩羅の「いもや」があったのである。でも神保町界隈の「いもや」と関係あるんだろうか? ここにはアルコールも置いてある。

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 そして駅前通に抜ける。

 今度は駅前通りを渡り旧日光街道を南に歩く。なんだか飲み足りない気分になって怪しい路地に入って線路際の通りにはいる。ここは飲食店やキャバクラなんかが密集している。白熱灯の黄赤をおびた光が目映く感じるのは暗い路地を抜けてきたせいだろう。
 この道を撮影していると、可愛らしい少女にぶつかられる。少女かと思ったら、短すぎるスカート、乳房が半分以上はみ出した白いブラウス、今風の目がパキッとしたメイクのキャバクラ嬢である。どうもわざとぶつかったのではないようだけど。
「なかに入りません」
 とても平坦な口調でそんなことを言われる。ついふらふらっと行きそうになったが、どう見てもキャバクラで遊びそうなタイプには思えなかったようでするりと消えてしまった。

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 その細長い通りを抜けるとちょうど京成電車が北千住に向かっている。ここから駅にもどったところで『大升』を発見する。ここも彼の『下町酒場巡礼』にのっていたはず。安くていい店だ。

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 ほろよい気分で北千住までもどる。途中調剤所のある古い薬局、つげ義春の描きそうな寂しい路地を抜ける。やっぱり北千住はいいな。ドローンとした頭に永井荷風が、はたまたつげ義春の線画が浮かび上がってくる。時間よとまれ、我の憂さよ暮れてしまった下町の空に去れ。

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 なんだか丸井が迷路のように感じられる。とにかく出口出口。千代田線から出てきて、いつの間にか丸井に入ってしまっていた。そうして「せっかく北千住まできてどうしてこんなつまらないところにいるんだ」と出口を探すのだ。
 どうにかこうにか飛び出して、たどり着いたのが旧日光街道、そして大衆酒場の『大はし』である。何度か来て、そのたびに店が開いていない。これで3度目、やっと入店できた。ここで楽しい時間を過ごして、少し周辺を歩く。

 懐かしい日本建築の洋品店、また今回初めて鼈甲店があるのを発見。『星子』という店だが、これは星子さんという女性が経営しているのだろうか、もしくは苗字かな? そして第二の目的『槍かけだんご かどや』はやっぱり夕方のせいだろう閉店している。

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 そのまま路地に迷い込む。と、途端に苦手な犬に出くわす。「ジョン大人しくするんだ」と言って災難を回避する。このワンワン、面白いことに玄関につながれていて、引き戸の奥にエサ入れが見える。

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 逢魔が時、ふと見上げると梅雨の分厚い雲が切れて青空が見えている。ふと風を感じて目線を落とすと黄色い帽子の子供が素早く駆け抜ける。あまりの素早さに妖気さえ感じるのだが気のせいだろう。

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 米屋の角を曲がろうとして、店内をのぞくとぬいぐるみがいっぱい置かれている。その上、店の前の自動販売機にまで無数のぬいぐるみ。米の袋以外にも洗剤やラップもあって、考えてみると多摩地区ではこの手の店が絶滅状態にある。そして私好みのあきたこまちのお姉さん。
 路地を進んで白いクルマの上に白黒の猫がいる。ボクのことが気になっているのは耳の動きでわかる。「ちょっと顔こっちに向けろよ」とカメラを向けるが「知らんぷり」している振りをしている。それを見ていた近所のオバサンが、「この猫、カメラに写るの好きなのよ」だって、そんなバカな。

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 そして四つ角に来て、ここにあるのが『増英かまぼこ店』。店の脇でおでんを売っていて、近所のオバサンや子供がよく立ち食いしている。それで「おでんありませんか」と問うと
「夕方にはいつも売り切れるんだよ」
 残念なので薩摩揚げを買う。その先に生花店、そして廃屋とも言えそうな建物、「ユニークな店」のカンバン。その先をか細い老人が足を引きずりながら右に曲がり消える。そんな情景を撮影していてまた『増英かまぼこ店』を振り返ると確かに「おでんおわり」という木の札があり、「まいどありがとう」「またあした」と頭を下げているのが埴輪なのだ。

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 いつものように、日本橋室町に散髪に行って、理髪店から出ると夕闇迫りくる時刻。いつも空きっ腹を抱えて地下鉄に下りるのだが、たまには日本橋で飯を食って帰ろうかと思い至る。懐にはちょっとした臨時収入がある。洋食がいいなと高島屋裏の「たいめいけん」を目差す。

 室町から昭和通方面に歩き、すぐに路地に曲がる。日本橋の通りには新しい無粋な建物がニョキニョキ建って町歩きの楽しさがどんどん失われている。でも、路地にはいると今でも古めかしくも懐かしい建物がそこここに残る。その本町の路地に入ろうとして目の前に現れたのがこの店。店の前にエビフライとカツ1450円、ハンバーグとイカのソテー850円とあって値段も高くない。しかも魚貝類を食べてカツ、もしくは大好きなハンバーグ。これはなかなか魅力的なのだ。

 この店で惹かれたのは外観のこぢんまりとして無駄な装飾が見られないこと。これが店内に入っても心やすい雰囲気で一人で入っても居心地がいい。
 席につくとすぐにスポーツ新聞がテーブルに置かれた。そして生ビールの小をとりあえず頼むとえびせんとピーナッツが小皿で出てきて、ここで思い出したのだが、この店、過去に入ったことがある。絶対にある。デジャビュではない。何時来たんだろう? まさかこの店、近くの大伝馬町でアルバイトをしていた30年近く前にもあたんだろうか?

 メニューを見て、やはりセットでと「ハンバーグとイカ」を注文すると今日は終わっていますとのこと。セットで残っているのは「エビフライとカツ」。ちょっと贅沢だが「えいや!」と注文する。逢魔が時の生ビールがうまい。ほどなく出てきたのがデカいエビフライとカツ。エビフライにはタルタルソース。カツにはドミグラスソースがかかっている。つけ合わせの野菜もたっぷりで見た目は見事だ。
 ただ、好みの問題だがエビフライに「頭はいらない」と思う。例えばエビの頭部はコライユだけ取り除き、これをソースに使うとか、別途考えて欲しい。見た目だけ優先して頭をつけて揚げているのだろうが、ステンレスのオーバルの上でも邪魔で仕方がない。
 また食事をするとして、ご飯を選んだときにカツにドミグラスというのが好きではない。ここにウスターソースがあったらいいなと切に思う。こんなとき近くの「たいめいけん」ならツバメソースがちゃんと置かれているのがありがたい。
 カツも見てくれの大きいエビフライも思ったほどに満足感のないもの。これはどうもメニュー選びを間違ってしまったようだ。
 帰りは日本橋を渡り、東京駅まで歩く。

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レストラン桂 日本橋本町2-8-7

 北千住の豆腐店「むさしや」で買ったもの。東京下町には地納豆がいっぱいありそうだが、その「地納豆は豆腐屋で探せ」のセオリー通りに見つけたもの。この「むさしや」、足立区にあって足立区の納豆を売るというのはやはりただ者ではない。
 さて「はと印」のハトがやたらに可愛らしくこのように個性的でありながら何気ないマークはたぶんかなり昔に作ったものだろう。毎朝、「はとの納豆を食べた」というイメージが生み出せて楽しそうだ。
 ただし中身はいたってありきたりな納豆。もっと上の高い納豆も作っているかもしれないが、これがいちばん庶民的なものなのだろう。タレは辛目で、辛子はたっぷり。納豆の香り、旨味ともほどほどで好感度大である。

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京北食品 東京都足立区江北3丁目39-2

 この立ち食いそば屋に初めて入ったのは、いったいいつ頃だろうか? もうかれこれ30年近くになるはず。その頃、三越の本売り場(今もあるんだろうか?)はミステリーが豊富にあって、その丁寧なカバーのつけ方もあって通ったものだ。その帰りに寄るのが、この店であったはず。
 この店の売りは豊富な自家製天ぷら。竹-、春菊、げそ、イカなど、これがなかなか楽しい。また、初めて入ったときに驚いたのは汁の濃さが他を圧倒するぐらいに真っ黒なこと。これは東京(のうどん、そばの汁が醤油辛くてまずいという反省から、他の店が徐々に上品になってきても、今でもまったく変わっていない。
 その真っ黒な汁だけど、すすってみると、イノシンの多さからかのたりとして重い。甘味の強く、旨味もあり、そして醤油辛い。いかにも鈍な味わいである。そしてここの、そばの小麦粉の比率が高くぼってとしているのに、非常に相性がよく、これがなかなかうまいにはうまいのだ。でも、天ぷらを3つものせて、その上、玉(卵)まで落としているオヤジを見たがとても真似が出来ないな。ボクはかき揚げひとつでもいっぱいいっぱいである。
 また、今時、ほとんどの立ち食いの店は、自販機で食券を買うシステムになっている。それがここでは未だに「360円ね、そこに置いといて」という原始的で古(なシステムを通していて、これだけでもなんだか懐かしいのだ。
 帰りがけに見上げると二階では酒が飲めるようである。これはなかなか穴場かも知れない。
 さて我が日本橋、散髪も村町だし、.紙の専門店もあるので時々来ている。でも「六文ぞば」は本当に久方ぶりである。しかし五十路近く、食べた後にくるこのものもの悲しい気持ちはなんだろう。人生の悲哀、悔悟の念を噛みしめたい人におすすめ。

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げそ天そば、360円

 さて最初に取り上げるのは粉末の調味料というのだろうか、「炒飯(やきめし)の素」。東京都北区の『あみ印食品工業』製。パッケージの投網を投げたようなマークが面白いし、「即席」という文字にも今時情緒を感じる。最近、下町(本来の意味合いではない)に無性に引かれているので「北区」というのもいい。
 これを買った八百屋さんに聞くと「もうずいぶん前からあるわね。なかなか人気があって、すぐなくなるのよ」という。
 それで今度は市場の食品問屋で「炒飯の素」を探してみる。あったあった。当然、こちらは箱入り。
「ねえ、これって古くからあるものかな」
 問屋の最古参のタヌキオヤジに聞いてみる。
「そうだな。オレが仕事始めてから35年だけどそのときからあったな。でもね最近はいろんなところが『炒飯の素』出してるだろ。今、持っていくのは八百屋さんとか肉屋さんが多いね」
 また、それを聞いていたやや若い娘、26歳が
「ウチの母親はね。朝からこれで焼きめし。ウチって貧乏だったのかな」
「まあ、そうだろうな」
 そんなことはどうでもいいのだけど、聞いてみるとみんなが知っていて、それなりに思い出深いものらしい。これは四国になかったのかな。ちょっと疑問。

 使い方は、ご飯を油で炒めて、「炒飯の素」を振り掛けるとあっという間においしい炒飯(やきめし)が出来るという便利なもの。さっそく試してみたら、いい味なんである。当然、ハムや玉ねぎを入れるんだけど、肉っけはなくてもいい。また中華の炒飯のように卵を使ってもうまいのである。

 さて、市場のもっとも年期の入ったご婦人に聞くと、
「あんたね。さっきから『チャーハンの素』って言ってるけど、これは『炒飯』と書いて『チャーハン』じゃなく、てー、『やきめし」と読むのよ」
 と未確認情報をくれた。それでパッケージを改めて見ると確かに「ヤキメシ」の文字。でも「焼き飯」とはなんであるのか? チャーハンとは別物なのか? ここに新たな疑問が生まれたのだ。
 この『あみ印食品』の「炒飯の素」のことで詳しい方、いたら歴史など知りたいものだ。『あみ印食品』のホームページはそっけなくて発売年などがわからない。

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炒飯の素 6食分 128円
あみ印食品工業
http://www.amibrand.co.jp/

築地「ゆで太郎」

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 築地には定期的に魚貝類を見に行っている。だいたい都バスの築地正門前で下りるのだが、下りて晴海通りを渡ってすぐにあるので、早朝の空腹感をとりあえず満たすのには格好の場所にある。
 早朝2時3時から走る回っている築地の人たちにとって、なにしろ「食事ももたもた食ってらんねえんだい」ということで食券を出してから、出来るまでの早いことではこの「ゆで太郎」もトントントンてなもんである。
 麺を温める、汁をはるなどするかたわらでは天ぷらを揚げているし、奥では麺を作っている。これもなかなか活気があっていいぞ。
 そしてここではごぼう天そばかイカ天そば、ともに340円、どちらにするかはその日の気分次第。築地で働く人たちにとってカレーや天丼なども人気があるようで、これも毎回迷うところ。こんどは試してみるかな。
 汁はやや軽めの味わい、これが早朝にはちょうどいい。またワカメを入れるというのが、そばにはどうにも合わないと思えるのだが激しい仕事をしている人が相手なら悪くはない。麺は自家製麺している割にはうまくはない。何しろ慌ただしい築地だトントントンと食べるなら、ここは最高だ。

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築地店 東京都中央区築地6-21-4
http://www.shinetsusyokuhin.com/

 高円寺はときどき歩く町。ときどきといっても1年に1度か2年に1度。新高円寺から「高円寺ルック」を抜けて古本屋に引っかかりながら北上し、そして中央線高円寺駅にたどりつく。この少ない高円寺歩きで、なんどか夕食を食べているのが『富士川食堂』である。この店、とにかく安い。定食のほとんどが400円台。冷や奴と組み合わせても500円でおつりがくる。

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 さて、まず高円寺にあって下町気分が味わえるのが「高円寺ルック」。この道を北上して、そろそろ駅に近いなと思ったら右手に広い道、左手に狭いが飲食店の多い道の十字路に行き着く。ここを左手に折れてすぐにあるのが『富士川食堂』である。正面に大きく「食事処」とあり明らかに食堂なのであるが、なぜか造りは喫茶店なのである。入るとL字型のカウンターがある。そしてLの左と下側が客席。内側が厨房となっている。その厨房の背面に膨大な量のメニューがある。このなかでいちばん高いのがエビの天ぷらだろうか、定食で570円、他は総て400円前後だと思われる。今回、この壁の品書きに対面するに頭がクラクラして思考がとまってしまった。それで思わず、「コロッケ定食400円」あと「冷や奴50円」にしてしまった。どうせならエビ天ぷらにすればよかったのだ。
 そして厨房のふたり、たぶんご夫婦かな? 手際よく、てきぱきと役割をこなして、ほどなく定食が前に。
 この定食の味があなどれないのだ。コロッケは手作りだろうか? 判然としないがなかな味がいい。つけ合わせのナポリタンもキャベツのせん切りもほどよい量であるし、ここにルビーグレープフルーツの6分の1カット。冷や奴は3分の1かな、ここに血合いありながら香りの高いかつお節、ネギにショウガ。ご飯もふっくらとうまいし、白菜と油揚げのみそ汁も作り置きではないようだ。

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 市場がよいを始めてはや20年、流通の裏側を少し知るようになってきた。そこから鑑みても、この組み合わせで500円以下では、どうにも安すぎて「間尺に合わない」だろうと思う。

 朝ご飯を食べてから昼食抜きで、今、夕方の5時過ぎである。かなりの飢餓状態をここに癒すことが出来て、しかも支払は500円でおつりがきた。『富士川食堂』には感謝なのだ。

 蛇足だが、高円寺が住宅地として開発されたのは、大正から昭和のこと。隣町の阿佐ヶ谷、荻窪とともに小説家や画家などが多数暮らすところとして有名であった。上林暁の小説にもしばしば高円寺の飲み屋が登場するし、林房雄は住んでいたはずだ。また大学教授やサラリーマンなどの知的職業のひとたちが住むとともに、若者たちの街でもある。当然、この街の食堂は下町の食堂とは趣が違っている。例えばこの『富士川食堂』にしても、どこか若者が安いから通ってくる。そんな青春の臭いがする。これが下町の食堂ではまったく違っている。そこは明らかに生活の場であり、言うなればオヤジの生命線とでも言えそうな重さがある。ボクもそろそろ人生の重みに潰されてしまいそうな年頃となってきた。そしてどうにもこの高円寺の居心地が悪いのだ。

富士川食堂 東京都杉並区高円寺南3丁目46-2

 早く用事を済ませてしまって、今日も無駄歩き、これがいちばん楽しみなのだけど、この時間をあけるのが至難。今回の押上散歩もほんの1時間だけと限っての決行。押上といっても東京ローカルな地、山手線から西に住んでいると知らない人の方が多いだろう。そんな押上に新東京タワーが出来るんだというのを新聞で読んでから一度行ってみたいと思っていた。
 それで半蔵門線に乗り込み、深々と暗い隅田川を越えて押上に至る。ここには東武、京成電車の本社があり下町の起点と言ったところ。長いエスカレータを地下から地上に出るとがらんとした空き地。ここに東京タワーが出来るんだろうか?
 駅前にはパン屋のサンエトワール、am-pmがあり、今時のやたらに短いスカートの女子高生がたむろしている。そして駅から押上通り商店街に出て散策。
 押上は裏通りを歩いていると面白そうな店や小さな作業場があってそれなりに情緒があるのだがメインの四ツ目通りの方が寂しい。その四ツ目通りにあるのが「押上通り商店街」である。なぜかここには時間が何十年も前から止まってしまったような店が多い。四ツ目通りに出て角にあるのが「伊勢元百貨店」。百貨店とあるが、いたって普通の荒物屋であるし、「斉藤洋品店」の「洋品店」というのも今時、古い商店街でしか見かけない。押上通り商店街のこの寂れ方もなんだか懐かしい光景で、ふと我を忘れてしまう。

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 さて、この商店街を歩いていて見つけたのが「押上食堂」である。大振りの紺のれん、その左に縦組みで「大衆」とあるのがなんとも惹かれるところ。見つけたのは道の反対側なのだけど大急ぎで信号を渡って店の前まできた。この歩道のアーケード下にカンバンがあって、ここに「東京都指定食堂 押上食堂」とある。この「東京都指定食堂」というのは、また後日、詳しく書いていくつもりだが、戦後の混乱期の「外食券食堂」が起源となっているようだ。当然、「押上食堂」の創業も古いと言うこと。

 さて、紺の暖簾をくぐると思ったよりも狭い店内。左右にカウンター、中央にテーブル、置くにずらりとおかずが並ぶ。定食はないようだ。
「好きなものを取ってください」
 いきなりそう言われたが、トレイもないし、ととまどっていると、
「どうぞ取ってください」
 また繰り返されて、とりあえず冷や奴をテーブルに置くと、これで正解のようだ。この冷や奴がなんと1丁まるごと。
「ご飯は大中小、ありますが」
 品書きを見て
「中でお願いします。このサンマの煮つけ、ありますか」
「今日はなくて、カレイでいいですか」
 カレイの皿を電子レンジで温めて、温かいみそ汁と、大盛りかと見まごうご飯。もうひとつ、なんか欲しいなと考えていたら常連さんが、あれこれおかずをカウンターに運んでいる。女将さんとの呼吸も見事である。きっとこの方など毎日のように来ているんだろう。

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 機を逸して仕方なく、みそ汁をすする。ちょっと濃すぎるのだが、味はいい。そしてカレイの煮つけが甘辛くてこれもうまいではないか。この煮つけの甘さは東京下町風とでも言おうか、煮汁の色合いこそ醤油っぽいが甘味の方が勝っている。これを、ご飯にのせてワシッとかき込む。このご飯もほっかほかで香り高い。合いの手の冷や奴とともに一気に食い終わって、まだ少し骨にこびりついたカレイの身をこそこそほじくる。そうだ、日本酒でも頼めばよかったんだ。そしておかずをもう一品。見回すと周りでのテーブルには瓶ビールが見える。仕舞った、と後悔しても今更どうしようもない。
 代金650円を支払って店を出ようとすると奥から
「ありがとうございました」
 気持ちのいい声がかかった。

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 ふと思うのだけど、押上に新東京タワーなんていらないんじゃないだろうか? まさかと思うが、ここに新東京タワーが建ったとして地元になんかいいことあるんだろうか? むしろ住みづらい、硬質で陰険な土地と化して住む人を不幸にする。そんな気がするがいかがだろう?

押上食堂 東京都墨田区押上1-12-7

 沼津駅前で生まれ育った生粋の沼津っ子、飯塚栄一さんの今回のおすすめの店が『航』である。沼津駅南口からロータリーを左に沼津ホテルの並びにある。「洋食」という文字があるものの一見なんの店かわからない。こんな店は飯塚さんに案内されなければ見つけられない。この店の自慢がカレーとコーヒーである。
 まず出てきたコーヒーがなかなかいい。初っぱなからコーヒーというのは睡眠ゼロの強行軍できているための飯塚さんの配慮。そして出てきたのが静岡県特産の等牛山ポークを使ったカレーである。
 この丹念に作られたカレーの味わいは、残念ながらまだ発展途上の味わい、でも充分惹かれるところがある。イギリス風のカレーを目差しているのだろうか、スープに凝っていると思われる? ただ、これがご飯との相性に問題があるのだ。これなどは東京神田神保町の『ボンディー』のカレーなどで研究してみるといい。ご飯に合わせるとき、酸味よりもほろりとした甘みがメインでなければだめなのだ。そして後からかなり遅れてくる辛み。
 でも、この店のなんとも言えない好ましさは、「時々来てみたい」と思わせるに充分。沼津は、味どころでいい店が目白押しなのだが、ここも間違いなくおすすめできる。

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静岡県沼津市三枚橋町5の27
http://homepage2.nifty.com/e-clair/

 仕事場からお茶の水に帰るためには駿河台の坂道を上っていかなければいけない。この坂道が嫌いなのだ、だいたい並ぶ商店にろくな物がない。確かに楽器店、レコード店、楽譜屋などお茶の水らしさを感じるのであるが、ほんの一握りの商店が痕跡的に残っているほかは総てチェーン店ばかりである。だいたいチェーン店や無駄に大きなビルを開発するヤカラは文学的知性の欠乏をきたしているに違いない。そうでなければこんなに冷血的な街を作れるわけがない。

 ということで用もないのにしばしば地下鉄神保町駅に下りる。そしてしばしば寄り道・無駄歩きをする。そんな寄り道ルートでもっとも時間的な余裕のないときに選ぶのが丸の内線ルートである。丸の内線で新宿を越えて荻窪で古本を探す。新高円寺、南阿佐ヶ谷でおりて、小さな古本屋を冷やかしながら北を目差して中央線に乗り換える。ともども古い店、また今時の店ながら不思議な店が多くて楽しいルートなのだ。

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 今回は新高円寺で下車、「高円寺ルック」を抜けて中央線に乗り換える。ここは歩行者専用の道、ゆっくりぶらぶらと北を目差す。古本屋があるたびに時間を費やして、北に向かう道すがら、『ベルゲン』というパン屋さんを発見した。我が家からクルマで10分ほどのところに同じ名前のパン屋さんがあって、我が家では食パンはいつもここで買っている。そして行くたびに店名の由来を聞こう聞こうとしてもう10年以上たってしまっている。たしかベルゲンというのはドイツの町の名前であるはずだ。

 そして右手にぼろぼろのさびたトタンをむき出しにした元店舗らしい建物。引き戸4枚は硬く仕舞っている。そしてその隣に古着屋と古本屋が同居した店があって風呂のすのこに「アニマル洋子」と書かれている。ここ通るたびに入ってみたいと思うのだが果たせない。

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 ほどなくアーケードがついてなんだか薄暗くなる。この左手に『愛川屋』という練り物屋。この店で過去になんどか薩摩揚げを買っているのだが、年に2、3度このルートで帰るわけで、当然、いつも「初めて買います」という芝居をする。

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 また北上すると大きなT字路がある。この北に向かって右側に肉屋がある。この肉屋さんではコロッケなどを売っているのだが、この時期はいつも近所の子供に阿波踊りを教えている。この光景、確か3年くらい前にも見ている。これを股上の超短いデニムパンツをはいたお姉さんたちが笑って通り過ぎていく。このお姉さんたちも小学生のころ習ったという感じ。

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 そこからまた北に入って左手に曲がると長い長い飲食店街が続く。この入り口にある食堂で昼抜きの夕食ともいえそうにない定食を食べる。確かここは6年振り、安くてうまいので、またまた感激。

 そのまま路地を進んで曲がると仁王像が左右に建つお寺の山門。ここを曲がると小さな魚屋がある。この魚屋の刺身の鮮度、また品揃えただもんじゃない。こんど涼しい時期だったら買ってみたい。

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 もう駅が近いのが人の数から感じられる。この右手に大阪寿司の店があるのを知らなかった。どうして気づかなかったんだろう?
 時間がないので後半は駆け足となった。高円寺駅、スイカで入って階段を駆け上がると、ちょうど高尾行きがするすると入ってきた。車内はかなりの混み具合。えいや! と身体を割り込ませて無駄歩きが終わる。

 新宿西口を利用することになったのは1975年前後だろう。以来我が人生でなんども通り過ぎることとなって、その30年ほど前の出来事が思い出される。学校の仲間と西口で待ち合わせ、昼飯を食べて京王線に乗ろうとなってなぜか5人ともカレーが食べたいという。その食べたいカレー屋が二手に分かれてしまったのだ。貧乏学生なので「安い」が先決。
 私が真っ先に浮かんだのが「C&C」で、当時280円だったかな? これでジャガイモがひとつ入っていたのだ。そして後の4人が行こうと言ったのが西口地下街の角の店。店名は知らなかったのだが、「C&C」を選んだのはのはひとりだけ、カレーごときにむきになり、寂しく立ち食い。当時から一匹狼だったのだ。
 さて今回ほとんど初めて入って「ハウス11イマサ」という店名を知った。我ながらそのときの友との議論(どっちがうまいか? なんてくだらないこと)を西口を利用するたびに思い出して30年間も足を踏み入れていないのだから意地っ張りだ。
 この店、その昔、造りがなかなか凝っていて。ちょっと色合いからして1960年代、70年代のサイケなもの。椅子も70年代っぽく、テーブルからしてシュールな形をしていたはず。
 そんな面影は影をひそめているが、改めてその丸い樽型の椅子にすわり、メニューを見ると思ったよりも多彩である。これは「C&C」が立ち食いそばの延長線上にあるオヤジ型店舗としたら、こちらはファミレスのカレー判、言うなれば若者型店舗なんである。それでスタンダードなカレーにメンチカツ(これで450円)を注文。これがあれっと思うくらいにありきたりなカレー。それほどに特徴がないのだ。やっぱりここに通っていた同級生のTはバカだな、なんて薄笑い。ハハハ、「C&C」の方がやはりうまいじゃないかと一人心の中で鬱屈を溶かしているとテーブルに不思議な瓶がある。これが辛みを出すスパイスであるという。こういったものはすぐに試してみることにしている。これを早速かけるとカレーの味わいが一転した。好みなんだなこの辛さ。これは「C&C」と対等か、少し上のクラス。知らなかったと少し後悔する。こんどは「印度カレー」にするかな。

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ハウス11イマサ
http://www.nishishinjuku.info/shop/shop.php?sn=84

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 立石の街の賑やかさは、周辺に小さな工場が密集して、そこではお父さん、お母さん、お婆ちゃんまで一家総出で働いている。当然、食事を作るなんて出来ないわけで、いつの間にか無数の惣菜屋さんが出来た。また当然、居酒屋、寿司屋、そば屋も集まって来た。ここは日本の中小企業が作りだした理想の街とでも言えそうである。
 その賑やかな通りに、忽然と建ち存在感を見せつけているのが「鳥房」である。いたって小さな店で、派手なところがあるわけでもないのに、誰もが「ほー」と見てしまうのはどうしてだろう。その地中海的な色合いか? 「鳥房」の大きな文字なのか? はたまた店内のお兄さんがなにやら大鍋と闘っている姿なのか?
 とにかく近寄って見たいと思いながら、「いかん、いかんな」と一度通り過ぎてしまった。そうしてまた舞い戻り、店頭を行きつ戻りつしていたら脇に紺色の暖簾がかかっている。まあ「おいでおいで」しているような。はたまた可憐な乙女に「今日寂しいわ」なんて言われたときのような衝撃が走る。それで思わず引き戸を引いてしまった。
 なかは外とはうって変わって賑やかなこと。左手に座敷があって、そこはあらかた満杯、右手がカウンターで2つ席が空いている。カウンター奥に二人連れの若い女性、手前にかなりお年をめしたオヤジさん。カウンターの中にはオバサン3人がいて、まるで見張られているかのようだが、そんなに感じ悪くもない。その後ろには戸があって、そこから料理が出てくる。どうもこの板戸一枚隔てて、あの店と繋がっているようだ。 

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 カウンターのオヤジさんの横に座るようになんとなく指図され、なんとなく座ると、座り方が悪いと言われる。
「椅子をまっすぐにして」
 椅子が斜め20度ほど左に向いている。これを修正すると
「はい、いいかな」
 まるで小学校低学年の担任教師のような物言いである。
 そしてメニューを見て「何にしようかな?」と考えていると
「鳥唐揚はぜったいたのんだほうがいいよ」
 親切なオヤジさんのアドバイス。
「唐揚は580円、680円、780円のどれにします」
 これは小、中、大であるようで、小にする。
「それと、ぽんずさしはいかがです」
 素直に従う。あと燗酒1本。

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「ぽんずさし」の奥に見えるのが突き出しの鶏の皮の煮つけ。これはうまくなかった

 まず出てきたのが「ぽんずさし」。表面を霜降りにした胸肉にネギ、唐辛子風味のポン酢がかけられている。これはうまい。そして待つことしばし、出てきたのが「鳥唐揚」。「ぽんずさし」が手前にあったのを入れ替えてくれた。なんと若鶏の半分を揚げたものでキャベツなどの上にドデーンと寝ておわす。
 これには唖然。手をこまねいていると、
「初めてかな」
 やおらボクの割り箸をもって唐揚げを抑えて、腿をねじり引きちぎる。
「よく見ててね。次からは一人でやるんですよ」
 あっという間に手羽、腿、胸のあばら骨までバラバラに外してくれた。
「このね太い骨は食べられないけど、これ、この細いのは熱い内なら食べられるからね」
 そう言えば、唐揚げをたのんだらすぐに白い紙が置かれたのは、このためだったのだ。後はどんどんむさぼり食う。
「キャベツは後でね。ぽんずさしのタレで食べてね」
 これで唐揚げと「ぽんずさし」の位置の入れ替えの理由がわかった。やるな、このオバサンたち。

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これが、分解されて
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こうなるのだ!

 しかし、この塩コショウのきいた唐揚げのうまいこと。とくに軟骨の香ばしさにうっとりする。若いときなら3本は軽くいける。それほどにうまい。生冷酒を追加して総てむさぼるように食い尽くした。
 ほっと一息入れると、面白いことを発見。意外にウーロン茶(缶入り)を注文してアルコール抜きで唐揚げだけを食べている人が多いのだ。そして目の前の品書きを見るとウーロン茶がいちばん左にある。また焼酎類がないのが残念なのだけど、ここは飲み屋ではない。唐揚げが主役の店なんだなと納得する。

「初めてだったんですね」
 隣のオヤジから声がかかる。
「ここはね、席が空いてることは滅多にないの。あんたついてるね」
 そうなんですか、ボクはついているんだな。勘定を支払って店を出ると驚いた行列が出来ていたのだ。夕闇迫る駅前通、店の前にくるとやはりお兄さんが鍋で作っているのは「若鶏の唐揚げ」。かなりの高温で揚げているようで持ち上げた唐揚げが「ジュアー」と悲鳴を上げている。考えてみるともう一本ぐらい食べられたかも知れない。

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鳥房 東京都葛飾区立石7丁目1-3

B級食品事始め

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 昔、占いが趣味という人に「四柱推命」で運勢を見てもらったことがある。いろいろ言ってくれたがほとんど記憶に残っていない。ただひとつだけ覚えているのが人には運命を決める神さんが何人かいるのだが、私についているのは総て食の神さんなんだそうだ。どうもこれで食べる事自体にも興味があるのだけれど、加えて食にまつわることならなんでも目に飛び込んできてしまうらしい。
 さて、食に感心があるといっても「自然食」とか「スローフード」とか「伝統食」とか「食育」とかいった言葉は大嫌いなのは前にも書いて置いた(これは私の生活に置いての話、好きな人は好きでいいので変に間違った方向性でとらえないで欲しい。すなわち勝手気ままがいいということだ)。私的には食べ物は自分の本能で食えばいいのであって、変な言葉をかぶせたくはない。

 しかしそれでも敢えて書くが「食育」なんて法律になったんだな。これなど嘆かわしいことだ。だいたい親が子供に料理を作らないんだから「食育」なんて意味がない。できれば「子供の朝夕食には最低でも1時間ずつは料理しないと逮捕するぞ」という法律を作るべきなのに「食育」なんてつまらない言葉遊びをする、だからダメなんだ。面白いのは子供の教育や課外活動、また防犯のための集まりや連絡を多くの父兄が夕食を作るべきときにやっている。また学校に集まっている。こんなことやっていて料理作れるわけないだろう。大バカ野郎。

 例えば朝食にペットボトルに入った炭酸飲料とパンという家庭もあるらしい。まあこれはこれでいいのだ。だいたい「食育」なんてこんな家庭の親が気にかけるわけがない。まあこれはイカンと思っていて食の向上を目差すなら街に出て魚屋で魚を、いろいろ利用法を聞きながら買うとか、当然野菜もそうだ。黙ったままスーパーの買い物カゴにどさりでは無理だな。
 まあ、もう一度書くが、ぼうずコンニャクは「自然食」とか「スローフード」とか「伝統食」とか「食育」という言葉は大きなワンワンよりも高い所よりも何十倍も嫌いだ。

 だいたい私の作る料理自体が「食材が作ってくれ」と言っているとおりに、自分の本能とせめぎ合わせて作っている。後は懐具合もあるけれど、どうも貧乏な方が食に奥行きが出るようだ。

 さて前置きが長くなったが、食神に憑かれている、ぼうずコンニャクが気になっているものに決して青山の「紀伊國屋」には売っていない「B級食品」がある。化学調味料や砂糖、スパイスや香辛料などが、どばっと入っているので「スローフード」とか「自然食」とかに凝り固まっている向きには受け入れられないだろうな。でもここには秘密めいた花園がありそうに思えないだろうか?
 それは昭和30年代、まだ子供の頃のことだ。八百屋や小さな食料品店の棚に、ひっそりと置かれた定番的な食品があった。その多くのパッケージが個性的で、また古めかしく、当然懐かしい雰囲気を残している。これら愛らしいものたちを仮に「B級食品」と呼びたい。またプロがこっそり使っている「B級食品」もある。これも取り上げるが、基本的には私の原体験的に懐かしい、愛おしいと思うものである。この懐かしいものには「チキンライスの素」とか「渡辺のジュースの素」とかもある。コヤツら今でも売っているのだろうか?
 そして、これら懐かしくも怪しい食品が個人商店の減少とともに絶滅の危機にあるのではないかと思い始めている。それで機会を見つけてはこれらB級食品を買いあさることにする。
 お断りするが洒落のわからない人は読まないで欲しい。

●これは「お魚三昧日記」があまりにもカテゴリーが増えすぎて自分でついていけなくなって、転載したものです。コメントをいただいた方、ごめんごめん

 江戸川区の南小岩に暮らしていて、京王線府中に引っ越ししたのがもう、30年近く前のことになる。そして初めて府中に向かったときに食べたのが『C&C』のカレーなのだ。国鉄(当時)新宿駅西口から京王線に乗り替える通路にある立ち食いの店である。当然、値段も安くて当時300円ほどであったと思う。
 ここで注文するのはカツカレーかポークカレーと決まっていた。これは懐具合で決まっただけであるが、このポークカレーが充分満足のいく代物であった。なぜならば、カレールーの中に大きなジャガイモが置かれてあったからだ。しかもこの店がいいのは、味がいいからに他ならない。立ち食いとバカにしてはいけない。カレーはしっかり辛い、そしてスパイシーさも程良く、なんといってもとても典型的なカレーの味わいがする。
 現在もっぱらポークカレーを食べているのは揚げ物をセーブしなければならないため。これが380円で、肝心要のジャガイモがなくなったのはとにかく残念。それでも安くて味がいいのだから西口で買い物というときには昼食はここと決めている。

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http://www.gnavi.co.jp/c&c/

 この店、少々苦手なんだよな。なぜかって黒のユニフォームを着た店員がカウンターの前に立ち、水は入れてくれるは、礼儀正しいは、でなんだか駅めしとしては敷居が高い。だいたい福神漬けや漬物も自由にとるにとれないのだ。そして値段も高い。今回のは黒カレーにハンバーグをのせて800円台。当然、この店に入るのは「仕方なしに」といったときだけ。
 考えてみると東京駅には安くてうまい立ち食いそばもないし、どちらかというと駅として一段上であるとJRの経営者は思っているんだろうか? まあ確かに地方から出てくると「おら、東京さきただ」なんて思うんだけど、毎日利用するベトベトの東京人としてはありがたくもなんともない。だいたい東京駅はトイレの数も少なく、この前なんて危うく●●しそうになった。まあそんなことどうでもいいか。

 この店には普通のカレーと黒カレーという2種がある。この普通のカレーは、あまりうまいともまずいとも言えないカレー界の「丸夫君」的な存在。もっと工夫が出来るだろうし、高い値を付けてるならご飯の量なんてサービスで大盛りというのもできないのだろうか? その点、黒カレーの方はルーも濃厚で辛く、やや出色。でも値段には見合わないな。

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東京駅構内

 最近のラーメン店というのがまったく理解できない。今回の「北かま」というのなど店の造りからしていやな感じだ。自己陶酔的というか見てくれの面白さを狙っているのだろうか? 作り手が劇画の世界の主人公を演じているように感じる。その上、スープや麺にもこだわっています、うまいものを作るために努力していますというようなことをわざわざ書いてある。どうもこのような恥ずかしい行為が今時のラーメンというか麺類の世界に横行しているのはオヤジとしてはいやだな。つけめんでもラーメンでも日常の普通の昼飯として食いたいので、若者の「遊び心」には同調できない。
 さて、その努力の結晶の「つけそば」750円であるが、このつゆは理解に苦しむ。濃厚なカツオの旨味はそうだ節を煮立てて、粉鰹で追いカツオをしたような味わい。それに豚骨かな。とにかくカツオ臭い。これはかつお節の出汁を日常に味わっていないために生まれるものではないか? これなど中野の「永楽」と比べるとわかるのだが、カツオのイノシンが強いほど塩分が感じられなくなる。味わいが鈍角的になる。とうぜんマッタリした味になるのだがボクはこの旨味の勝ちすぎた味わいが苦手だ。そばの味はとてもいい。これはさすがに努力して選んできたのだろう。
 この味わい、好き嫌いが出てきそうだ。そして残念ながらオヤジのボクにはうまいとは思えない。
 このような今時の店は10年後にも同じようなスタンスでやっていくのだろうか? それではその店の定番的な味わいが出来るのだろうか? この手の「遊び」には着いていけないな。

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北かま 東京都千代田区神田神保町1丁目24-5

 江東区森下町に「フジマート」という地味なスーパーがあって繁盛していた。そこの片隅に見つけたのが「四ツ目納豆」である。まずデザインが素晴らしい。このパッケージだけでも買う価値あり。
 そして、この「四ツ目納豆製造所」の裏側にある住所を見ていたら「毛利」という地名が書かれている。これは長州毛利家の下屋敷でもあったということか。また「四ツ目」とは東陽町から錦糸町を経て押上に向かう通りのこと。だいたいこの「四ツ目」という言葉自体曰くありげだ。そして、ますます「四ツ目納豆」を買うのが楽しくなるのだ。
 外見はともかく中身はいたって普通の納豆。小粒ながら、これといった特徴がない。でもきまじめに下町で手作り、しかも容器に入れるのも、紙のラベルを巻くのも家内でやってますという風情がいい。私、以降、下町で「四ツ目納豆」を見つけたら必ず買ってくることを誓うのだ。
 また、これは「四ツ目納豆」さんにお願い。無粋なバーコードはもっと端っこか裏側につけて欲しいな。

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四ツ目納豆製造所 東京都江東区毛利1の19の6

 まさか西新宿に納豆製造所があるなんて思いもよらなかった。しかもなかなか地納豆として「素朴」な作り。納豆名の「丸ひ」とはなんだろうと思わず考えさせられる。
 この納豆も地納豆らしく新宿区から近い中野区新井薬師前駅からの商店街にある新井薬師駅商店街でみつけた。とうぜん売っていたのは豆腐屋で、「地納豆は豆腐屋にあり」を証明している。
 小さな入れ物を開けるとやや大粒の納豆。表面ははっきり白く納豆菌のうまそうな色合い。何もつけないで食べると大豆そのものの味わいがある。また豆の持つコクもある。ついているのは辛子だけというのもいいな。

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高橋商店納豆製造所 新宿区西新宿4の24の6

 中野の製麺所で、うどん玉を買っていて見つけたもの。1袋・数十円ではなかったかと思うのだが慌ただしくてレシートをなくしてしまった。
 さて「うどんスープ」というとヒガシマルが思い浮かぶのが西日本出身者、まさか関東、しかも群馬にもあったなんて驚き。しかも袋のデザインが面白すぎる。このデザインなど昭和30年代によく見かけた、なんだか懐かしい雰囲気のものだ。五角形に正、「正田醤油の」が太ゴシック、点点々が丸くたぶん丸ゴシックのもの。「うどん」も特太丸ゴシックかな。「スープ」の書体もいい。また真下にあるどんぶりを重ねたような変な物体が気が抜けていてこれまたいいのである。これなど宮川泰の「ウナ・セラ・ディ東京」が今時のオリジナリティのないバカ作曲家にかけないのと同じように出来ないデザインだ。
 さて話が変な方向から始まってしまったが、この粉末スープがなかなか味がいい。正田醤油が粉末スープを作り始めたのが昭和38年とのことだから、味わいは群馬の地のものだろうか? 味わいとしては関西とは大きく違ってかつお節でも昆布でもない一般的な「出汁」の味わい。ここに醤油のコクがあり、色合いはやや濃い目。フリーズドライのネギが入っているので、何もない午後に、「うどん玉だけ買ってきて、即席に」というあんばいが便利極まりない。
 これだけの味わいを作るんだから「正田醤油」の醤油も買ってみたいと思うのだ。

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正田醤油
http://www.shoda.co.jp/info/index.htm

 新井薬師駅商店街を歩いていて見つけた店。何気なく覗いて、初めて見る納豆を買おうとして豆腐の船(豆腐を保存している水を満たした水槽)をのぞくとうまそうな豆腐が目に入った。
「納豆だけ買おうと思ったんですが、1時間くらい家までかかるんですが豆腐大丈夫でしょうか」
 聞くと、
「大丈夫。うちのはね昔のやりかたで作っているからね大丈夫」
 船から豆腐をとりだして端っこを三角に切って手のひらにのせてくれる。この豆腐の味わいがいいのだ。とても普通の豆腐屋の味なのだが少し置いて微かな苦みと甘味が浮かんでくる。
「ここ屋号なんて言うんですか」
「この下見てくれる船に屋号があるあから」
 そこに「新井屋」の文字がある。
 ボクは最近、スーパーなどで見かける特選豆腐というか高い豆腐に疑問を感じるのだ。どうも普段着の豆腐の味わいというか、毎日食べて飽きない味わいではなくなってしまっている。それからすると豆腐屋の豆腐は毎日朝夕食べても飽きが来ない。

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この佇まいは昭和30年代のもの

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よせ豆腐もうまそうである

新井屋 中野区上高田 3-37-7

 かれこれ30年以上前になるが、東京に出てきて初めて立ち食いそばを食べたのは渋谷の井の頭線下(このあたり昔はパチンコ屋、スタンドカレー、立ち食いそばなどがあって汚いけど活気があった)である。このとき食べた天ぷらうどんには驚いた。つゆが真っ黒なのだ。しかも味がまだるっこいというか、しっかりしない。このまだるっこいつゆの味はかつお節やさば節をたっぷり使ってとるからで、関西の昆布を主とする味とは大違いなのだ。その東京風つゆの立ち食いでも、うまいまずいがあるのは当然であるが、そのピンだと思うのが「満松庵」である。

 JRお茶の聖橋口を出てすぐ右手にある。聖橋から出て真っ正面にある高いビルはまことに甚だしくお茶の水の景観を台無しにした代物。このような建物を作るヤツは愚か者でしかない。その不愉快な高層ビルから丸善を左に見て右側は中央線線路を真下にした崖っぷちに建っている。ほとんどが二階家。今は一生懸命表面を取り繕いこぎれいな店舗に見せる努力をしているがちょっと引いてみると建物は古く、どこか高度成長期の面影が残る。中にあって、古いまま素顔で出ているのが満松庵である。
 間口150センチほど、駅からと道路側から入ることができる。入るとお握りを売る売店。このお握りはあんまりうまくもないのにすぐになくなる。そして左手に二階に上がるがある。その階段のある場所が狭くなりやっと通って、そのいちばん奥に調理場。そしてその前、狭っくるしい場所の両側の壁に棚のような作りつけの奥行きのないテーブルが渡している。
 入って左の階段に真下の狭苦しい場所がある。ボクは最近このような薄暗く狭苦しいところにいると落ち着く。当然、4人も入ると奥の厨房にそばを注文するのも受け取るのも困難を極める。またセルフの水、そのコップがワンカップの再利用というのも考えてみるとすごいよな。
 そう言えば若い頃、飾らない性格の女の子とつき合っていて、連れて行ったことがあるが、以後一度も会っていない。どうしてだろう。

 閑話休題。
 ここ「満松庵」の汁は見事に醤油色、しょうゆ味、そして醤油辛い。これなど今時の立ち食いのように中途半端などっちつかずのものが愚かしく思えてくる代物だ。また、この醤油のグルタミンの中に濃厚なイノシンの旨味、そして香からしっかり、さば節を使っているのは明白である。うどん、そばにしても、ほどよい味わいが感じられるもので合格。
 東京風立ち食いそばの神髄は「満松庵」ありだと思っているのだがいかがなものか? 

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東京で初めて食べた「立ち食い」は天ぷらうどん。立ち食い客のほとんどは天ぷらそば、うどんを注文する。満松庵の天ぷらうどんは310円

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 ほどなくどんよりとした曇り空の下、中川の川辺、本奥戸橋のたもとに出る。下流の小岩に住んでいたときに何度も総武線で渡った中川。中川、新中川の東西は有名な海抜0メートル地帯。大学に入ってすぐに住んだ小岩は決して住みやすいところではなかった。世田谷、杉並、府中と引っ越しを繰り返したが、生き物密度は最低であった。その上、排水ポンプの工事の地響き、夏の暑さと言ったら耐えるに耐え難いものだった。小岩でも総武線の北側には椎名誠さん、木村弁護士などが集団生活を送っていた。そのユーモラスで逞しい暮らしぶりと比べてひ弱だったものだ。そしてほぼ30年振りに見る中川、とてもきれいととは言えないながら豊かな流れを見るとなんだか気分が和らいでくる。本奥戸橋を中程まで渡り、ふとため息をついて、また引き返してくる。

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 立石の駅から仲見世と平行に伸びているのが「立石駅通り」。この踏切までの区間がチェーン店が多くつまらない。なかほどにぽつんと和菓子屋、またぽつんと呉服店があり、ここに昭和の商店街の破片を見るようだ。
 京成線の踏切を渡るとまた賑やかな通りに変わり、飲食店が多くなる。見ると古本屋らしいのがあるが、時間をとられるので入らない。右手に「鳥房大東店」という魅力的の外観を肉屋を見つける。間口の狭い店の右手には鶏肉が並ぶが左手では男性が大鍋でなにやら作っている。そのまま進み、この通りを抜けると斜めに道が交錯し、手焼きせんべいの店がぽつんとある。

 道の北側は住宅地であるようだ。駅方面にもどろうと曲がったのが「立石すずらん通り」。ここに古めかしい酒屋を発見、その店先にカウンターがある。覗いていると店主らしき老人が出てきた。
「古そうなお店ですね」
「そうだね、古いことは古いけど、ここいらでいちばん売上の悪い店って言われてね」
「立ち飲みやってるんですか」
「だめ、昔はやってたんだけど、今は足腰がダメでね」

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この店の奥にあった木のカンバン。これはいったいいつ頃のものだろう? またこの酒蔵はまだ健在なのだろうか? 「君が代」、土肥酒造本家の「晴菊」、一得酒造の「一徳」どれも飲んだことがない

 そこからまた「立石駅通り」に戻り「鳥房」の脇を見ると暖簾がかかっている。思わず引き戸を開けると、右手にカウンター、左手に座敷。店内は8割方埋まっていて繁盛の様子。ここでお銚子1本、冷酒1本と名物鳥の唐揚げ。かなり酔っぱらって、いい気分である。そのまま駅にもどろうと踏切で通過電車を待っていると自宅からケータイ。何か買ってきてというので仲見世に舞い戻る。
 駅を下りてから2時間も経っていない。それが店をのぞくと惣菜などはあらかた売り切れている。仕方なく行列の出来ている駅前の「愛知屋」でコロッケなどを買い、立石を後にする。

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 立石の駅に滑り込んできたのは京浜急行の電車。野球少年たちと乗り込むが車内はガラガラ、しかも少年達の大人しいこと。ふと目を上げると車窓から夕闇迫り来る荒川が見える。鉄橋、灰色から闇に変わる雲の重なり、これを背に健康そうな娘が夢中になってケータイメールを打っている。京成線を半蔵門線に下りて少し長すぎる無駄歩きは終わりとなるのだ。

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 もうかれこれ30年以上前、お茶の水に通うようになって、授業が終わったり、また時間があくと神保町には下るが、聖橋を渡るなんてことは思いも寄らなかった。そこには「湯島聖堂」があり、また道を挟んで神田明神がある。こう書くと、なんだか江戸の情緒が感じられる地域だろうと思われるかも知れないが、回りには老舗の飲食店があるわけでもなく、また通りはクルマの往来の激しいところ。どう考えても観光客にはおすすめできないスポットである。あえて言えば落語の本などを読んでいるとたびたび登場する「神田川本店」だろうか、ただし敷居が高い。

 ある日、ゼミが終わって、誰からともなく「神田明神に行こう」と声があがった。神田明神といえば大川橋蔵の「神田明神下の銭形平次」しか浮かんでこない。聖橋を渡るとあっという間に神田明神に到着。ほんの100メートル先には鳥居が見える。鳥居の方に歩こうとして、「そっちじゃないよ」と入ったのが「天野屋」の茶店。そして二十歳前なのに訳知り顔にこの茶店で甘酒を飲んだのである。その後「有名な神社なのだからお詣りして行こうよ」と言うと東京出身のクラスメートが「入るとがっかりするぞ」と言う。それでも鳥居をくぐり、そのとおりにがっかりしたのだから神田明神がどんなところかわかると思う。そう言えば江戸の三大祭りでも神田祭は最大のものであったはずだが、今では浅草の三社祭に人気を奪われてしまっている。

 さて天野屋は神田明神の社から参道(非常に短い)に出て右手。地下に大規模な室を持っているので有名である。ここの名物は麹・甘酒なのだけれど、それ以上に惹かれるのが「芝崎納豆」である。大粒の納豆で豆の風味と言い、納豆菌の生み出した旨味と言い絶品である。またここで売るモノで密かにはまってしまっているのが納豆茶漬けである。ご飯にのせてお湯をそそぐと微かに納豆の風味が立ち上がり、フリーズドライの三つ葉の香りとともにいい味わいだ。

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正面が納豆などを売っている店舗、左が茶店。ここで気をつけなければいけないのが凶暴なオバチャン軍団である。だいたい売り場は狭く混み合っているのだが、オバチャンたちはじっくり選びながら店員を独占する。また当然、こちらが注文しようとしているのに割り込んでくる。恐るべし

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納豆1パックが300円以上というのは高いが中身はたっぷり通常のものの2パック分はある

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納豆好きには答えられないもやっとした香り。納豆嫌いにも堪えられない

納豆315円 納豆茶漬け126円
天野屋
http://www.clubneco.com/amanoya/

 神保町サボール2まで来て見上げると曇り空ではあるが、雨は降りそうにない。「大雲堂」でも覗こうかなと思ったが、予期せぬ出費が恐いので慌ただしく地下に下りる。そして半蔵門線で押上に向かう。いつものことながら隅田川の地下をくぐるのは不気味だ。こんなときに地震に見舞われたらどうなるんだろう。押上から京成電車に乗り込みたどり着いたのが立石である。葛飾区は江戸川を挟んで対岸は地がと言う土地柄、その市川は永井荷風の終焉の地でもある。また葛飾柴又は当然、「男はつらいよ」の世界が広がる。でも柴又の帝釈天よりも遙かに行ってみたかったのが立石である。愛読書『下町酒場巡礼』の『うちだ』、そして立石仲見世は都内でももっとも魅力的な商店街であるという。

 ホームに下りると前を歩くのは明らかに海外からの女性。またその横に不思議なファッションのお婆さんが階段をやっとこさのぼっていく。登り切ると駅は思ったよりも古く、そのまま改札口を出て、人の流れに従い右の階段を下りる。おりる鼻からカンカンカンと踏切の音、駅の階段を下りるといきなり喧噪が襲ってくる。

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 階段を下りて右に曲がる。この流れにそって歩く人のなんと多いことか。またすぐそこで売り声が響いてくる。立ち話を道の真ん中でしているお婆さんと自転車の女性。その自転車の前後に子供が乗っている。その女性の美しさに驚く。まだ逢魔が時には早いぞ。流れを止められて頭上を見上げると「立石仲見世」の文字。入り口の左右にうまそうな惣菜屋。片方は漬物が多く、かたや煮物が多い。その隣の立ち食いそばも使い込まれた紺暖簾を垂らして、思わず入ってみたい店構え。そしていきなり「うちだ」に出くわしたのだ。「うちだ」ではなく「宇ち多」なんだろうか? もしくは「宇ち田」、どうでもいいのだが、『下町酒場巡礼』に3時開店。5時には売り切れるものが出る、ほどの人気店とある。それを思い出していきなり入る。ここで梅割3杯、モツ煮込みなどなど。

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「うちだ」で飲む内にカメラの電池切れとなる。ほろ酔い気分で仲見世に出るが電池を売っている店はない。仕方なく、仲見世を出てイトーヨーカドーに入る。こぢんまりしたスーパーではあるがレジには行列が出来ている。でも下町らしい品物はまったく見あたらないのはつまらないぞ。
 イトーヨーカドーから仲見世に向かう中間に有るのが立ち食いの「栄壽司」である。思わず暖簾をくぐって軽く寿司をつまむ。大振りの握りが安く、そしてあなどれぬほどにうまい。

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 仲見世に戻り歩くに、魅力的な店が多すぎる。餃子、キムチの専門店、人形焼きの店がある。「喫茶軽食、和洋菓子 松廼屋」という喫茶店? が不思議である。赤飯からパフェ、あんみつやソフトクリームまであって、これもついつい足を取られそうな店だ。仲見世出口に手焼きせんべいの店。そして広い通りが奥戸街道である。

 街道を西に向かう。古い造りのそば屋、製麺所もある。道路を渡り、路地に入る。この路地の「米穀山崎商店」というのがいい。

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 揚げ物、惣菜を売る肉屋の「鳥善」。「黒須豆腐店」の店先にあったのが「丸永納豆」。当然、2個買う。豆腐も買いたいが気温は明らかに30度を超えて蒸し暑い。正面に「仲見世」の入り口を見て、そのまま奥戸街道に抜けようかと思いながら、また路地に入る。自転車が行き来できるほどの三角地帯に屋根にグチャグチャっとキウイをからめた家。ここまでになるにはかなりの月日が経っている。その奥に続く路地がとても懐かしい思いに駆られる。

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 路地を曲がりに曲がり、また奥戸街道に出て中川を目差す。中川にかかる橋が見えてきてちょっと感じのいい酒屋を発見。ここで松戸の「Nihon Citron」を発見。ついでに面白い絵柄のワンカップも買って両手がふさがってしまう。店を出てレシートを見て「美濃屋」という屋号であるのを知る。また奥戸街道の反対側にも酒屋があって、なんだか飲み助の多そうな町だな、と思う。

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入ってみても気づかなかったが古い木造建築であったのだ

中野「永楽」

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 この中野でアルバイトをしていたのが今をさること30年も昔のこと。当時の中野といえばブロードウェーこそ賑やかだが早稲田通りにでると途端に住宅地となり、また小さな工場もあるといった静かなところであった。その中野通りと早稲田通りの交差点近くにあるのが「永楽」である。
 この店、30年前、外見的にはいたって普通の一戸建ての中華料理の店。あまりきれいとは思えなかったので、その時点で開店からかなりの月日が流れていたのだろう。それがビルに入って少し狭くなっているように思える。メニューも当時は確か餃子や炒飯もあって、そこにうまい「つけそば」があるといったものだった。味がいいのは界隈でも有名であったようで昼時は並んだものだ。また並ぶにしても周辺の工場で働く人たちやサラリーマンといった客層がほとんどだった。今ではカンバンに「和風つけめん 永楽」とある。並ぶのもいかにも有名店を食べ歩いているといった若者たちばかりだ。
 当時から注文されるほとんどは「つけそば」であった。考えてみると、ここではほかのメニューをたのんだことがない。そして30年振り、やっぱり「つけそば大」を注文する。
 出てくると、まず驚くのが麺の太さと盛り加減。そこに平凡などんぶりに汁が入っている。まず、旨さの秘訣は汁にありと思う。醤油色の汁にメンマやなるとを刻んだもの、チャーシューに海苔がかかっている。この具をかき分けて口に入れるとすぐに酸味が感じられるがこれは酢ではないような。旨味というかイノシンからくるものだろうか、もしくは少ないながら酢も使っているのだろうか。当然イノシンなのだからかつお節風味である。そしてかなり塩分濃度が強く、しょうゆ味で鋭角的な味わいとなっている。その強い味わいだからこそ太い麺が来ても負けないのだ。
 久しぶりに対面する大盛り過ぎる麺が最後まで飽きないで食べ終えることができた。これは麺の旨さとともに汁の力である。
 初めて食べたときから病みつきになり、毎日毎日欠かさず通ってきた。それが、まさか30年も途絶えるとは思ってもみなかった。今回入店して、店自体は変ぼうしているが厨房の雰囲気は変わっていないのに気づく。それ以上に味も変わっていないのに驚いた。麺を食べ終えたら汁のどんぶりを厨房に持っていく、するとスープを加えて返してくれる。これがまた絶品である。フワンと立ち上るのはカツオ節の風味、そこにプラスの旨味があってこれは鶏ガラだろう。またどうしてもわからないのが酸味。当然、明日も来てやると思いながら店を後にする。
 でも次は何年後にくるのだろう?

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 東京神田の神保町は本屋ばかりの我がパラダイス。その昔には勧工場、東洋キネマや吉本興業などもあり、また武田百合子さんの努めていた「リオ」などもある。それが高度成長期からめっきり本屋と学生の街になったようだ。その真ん中を通るのが、すずらん通り。このやや西寄りに『キッチン南海』がある。
 初めて入ったのは大学一年のとき。お茶の水の学生となると必ずここでカツカレーを食うことに決まっているのだ。ああ、なんとあれから30年も通っている。若い頃はお金のことから月に一度だけだったけど、近頃は肥満と高血圧のために四季ごとに食べる程度になってしまった。
 すずらん通りは今を去ること30年以上前には、総て二階屋、それも独特のモルタル建築が軒を並べていた。それが近年、ビルが目立つようになってじょじょに神保町らしさが消え去ろうとしている。それなのにまるで変わらないのが『キッチン南海』なのだ。ここには未だに1970年代が残っている。

 さて、店内に入ろう。右手が厨房である。ここにコックが3人(?)、フライパンを動かしている音、カツを揚げる音、キャベツを切る音。そこにもやーっと立ち上るのは大量の油脂を含んだ煙である。この油脂が壁と言わず、床と言わず長い年月に染みこんでしまっている。そう言えば昔、ここで危うく転びそうになった。また学生の頃、ここで定食を食べてゼミにいったら、我が大学では貴重な女子が近づいてきて「『キッチン南海』に行ったでしょう?」とずばり当てられたのには驚きを禁じ得なかった。その厨房を取り囲むようにカウンターがあり、壁際と奥にテーブルがある。このテーブル席は一人で座っても、3人で座っても、どんどん合い席となるので、恥ずかしがり屋のボクは出来るだけ座らないようにしている。いちばん落ち着くのは奥の4人ほど座れるカウンターである。
 メニューは揚げ物を合わせた定食風(700円前後)のもの。これにカツやエビフライがある。まったくの単品はカレーのみである。注文されるのは揚げ物とショウガ焼きなどの盛り合わせ定食類、それにカツカレーが勢力を二分する。学生の頃はときどき定食を食べていた。さくっと揚がったカツにややもったり重いショウガ焼き、つけ合わせのスパゲッティがナポリタンに見えてそうではない。表面にべっとりついているのはいったいなんなんだろう。これが近年、やや持てあますものとなった。

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 そしてオヤジになってもやめられないのがカツカレーなのである。初めて食べたときはカツ抜きであった。その真っ黒なルーには驚いた。香ばしさ、また適度な辛さはあるものの、うまいのかまずいのか判然としないものであった。ただし翌週も食べに行っているのだから、中毒性があるに違いない。アルバイトでもして余裕があるときにはカツカレーとなる。この店に限ってはカツをのせるかいなかで味わいが驚天動地するほど違ってくる。揚げたてのカツは白いご飯を覆い隠すようである。そしてどう考えても不必要だとしか思えないキャベツのせん切りがある。一度キャベツ抜きでお願いしたいと思っているのだが面倒くさがり屋のボクはいちども言えないでいる。そこにかの漆黒のカレールーがドバーっと、ドバーっとかかるのだ。食おうとして顔を近づけるとメガネがこれまたドバーっと曇る。チルチル揚げたてのカツを真っ黒で香ばしいルーに浸して食う、そして食う。やっとここで白いご飯が登場して、これをルーの方にかき寄せて混ぜ合わせる。ここでやっと一息。できれば冷たい水を飲んで欲しい。濃厚な味わいのカツとカレールーの組み合わせに、ご飯とカレールーは不思議なことに安らぎと待てしばしの余裕をもたらし、じっくり味わっていこうじゃないか、という決意をさせてもくれるのだ。
 さてカツもご飯もあらかたなくなって最後に残ったのが継子のようなキャベツである。ボクはこれをルーで汚れないように気をつけて最後にレモンとソースをかけて単独で味わうことにしている。まあ口直しかな。
 さて『キッチン南海』には30年以上も通っていることになる。後何年通えるのかオヤジの心にはしみじみ悲しみが湧いてくるのだ。

 ぜひともこんな店が近くに欲しいと痛切に感じたのが入間市の「タジマ」である。なんとなく小腹が空いて入って、いちばん値段の安いハンバーグを注文したらこれがまことに素直にうまいものであったのだ。しかもご飯、みそ汁かスープがついて600円。
 平日の午後、店内には暇そうな主婦達。そこにどのテーブルに座ろうかとデカイ腹のオヤジが入ってくる。そういえば店のカンバンには藤村有弘というかドンガバチョにそっくりなイラスト。やはりハンバーグときたらデブオヤジなのである。
 窓際の席を見つけて外を見るとこきたない中華料理屋「十八番」が見える。ここも外見のすごさに違わずうまそうではあるが、レストランの雰囲気からするに落差を感じる。ここにメニューと水を持ってきたのがほどよい存在感の娘さん。なかなか可愛らしく、それでいて清楚な感じがする。
 それほど飢餓の状態にはないのでハンバーグと生ビール小。「ハンバーグにはご飯の他にスープかみそ汁がつきますが?」と聞かれたが水分はビールで充分なのでお断りする。かっこいい!
 ほどなく生ビール。これがうまいのだ。いったいどこのメーカーなのか? 聞こうと思ったらじゅうじゅうと音を立ててハンバーグが到来。これがなかなかうまいのである。うまくてご飯の存在を忘れてしまう。結局ご飯は鉄皿に残るドミグラスで食べる。カッコ悪!
 鉄板に焼けこげるドミグラスソースが香り、それだけで我を忘れてしまうのだ。ハンバーグはやや平凡ながら「本当にこれが600円なのか」と言う驚きはある。
 ここならジャンボハンバーグを食べてみたいものだと、清楚な娘さんに料金を支払いかっこよく入間を後にしたのだ。

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ハンバーグの店「タジマ」 埼玉県入間市扇町屋2丁目2-1

 西武線には縁のない人生を送ってきた。人の性格も暮らしも、その生活する沿線によって大きく変わってくるように思えるのだが、東京の私鉄でもっとも利用回数の少ないのが西武線なのだ。それでちょっと乗ってみようかなと思い立ったものの池袋は遠く、新宿は最近その人混みに体が拒否反応を示すようになっている。それで高田馬場を起点にして、地図を見ると新井薬師前駅から西南に商店街が続き、そのまま中央線中野駅まで歩けそうである。
 東西線高田馬場駅から人混みに押されるように西武新宿線高田馬場駅に乗り替える。この界隈に来るのもかれこれ20年振りか? 昔はごみごみと薄汚れていたのが、なんだか整然としてオシャレな店が並んでいる。なんだか味気なくなったなと思ったが拝島行き各駅停車に乗り込んだ途端にローカルな気分になってきた。下落合は学徒援護会のあったところ、考えてみるとアルバイトを探しになんどか下りている。中井駅をすぎて新井薬師に到着、ほんの数分の電車旅である。

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 新井薬師前駅から新井薬師に向かう商店街は思った以上に古めかしい情緒のあるもの。駅からほんの数歩で激しく汚いとんかつ屋が正面に出現する。「とんかつ」の文字は一カ所にうす汚れてあり、それ以上に「美容院ビセンテ」だとか「漢方薬水仁堂」、「エレクトーン教室」、スナックのカンバンなどがランダムに張り付いている。このカンバンが古びてさび付いて、すり切れてしまって、「まだやっているのか」このカンバンの店? という疑問が湧いてくる。めくれたボロ切れのような暖簾の奥に客らしい人影をみて営業中であるらしと思えて、これはいきなりとんかつでも食いたい気分にかられる。
 商店街の左右にある店はどれも個人商店ばかりで、これはまさに昭和の香りが残存している。
 洋品店や和菓子屋、とあって豆腐屋を見つけた。中をのぞいて出てきたオヤジさんがなんともいい感じだ。ここで豆腐一丁と初めて見る納豆を買う。

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「これが本当の豆腐の味だから」。豆腐を一切れ手のひらにのせてもらって、これが絶品

 右左右左とウロキョロみて、密度の濃い商店街にやや疲れてきたときに、またまた見つけたのが履き物屋である。この店、間口は狭いがサンダル類の品揃え恐るべし。多摩地区のスーパーでなど足元にも及ばない魅力的なサンダルがいっぱいつり下がり、山積みになり、見ていてクラクラする。

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 製麺屋があるのもいい商店街の証拠。海産物の店があって、右手に都心部に多いスーパー「丸正」。ここに信号があり、右手が新井薬師のようだ。新井薬師に行くという手もあるのだが正面に魅力的なものを発見。

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 信号を渡ってこの『やきとり 金亀』ホッピーで喉を潤す。塩っ辛いモツ煮込みにホッピーがうまいぞ。

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外はまだ明るい。いけないオヤジの昼酒なのだけど、うまい

 通り沿いには中華料理店、食堂、居酒屋など飲食店が多く、どれも魅力的だ。特に「中華定食 冨士」というのがいい感じというか思わずオヤジが引き込まれそうな店なのだが「準備中」の札が下がっている。もう暮れなずむ頃、そろそろ営業してくれ。

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この店、『大衆食堂の研究』のエンテツ(遠藤哲夫)さんに教えてあげたい

 そのまま道はやや細くなるが商店街は続く、ここで見つけたのが大学芋も売っている魚屋。脇に回るとウナギの蒲焼きを焼いて売っている。アサリ、シジミにドジョウ、ウナギとあるのは昔川魚専門だったのではないか。

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 そしてこんどは大きな魚屋、大きな文字で「大浅」とあって品揃えが凄い。活けのズワイガニや殻付きのカキ、アカガイにタイラギまである。刺身も豊富なのだが、あんまり夢中になってしまって、店の方に怪しいと思われたようだ。

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 そこからほどなくして中野駅に向かう中野通りに出た。

 そう言えば、中野は20年振りになる。早稲田通りはアルバイトに通った道。これがなんだか明るくオシャレになっているし、中野サンプラザの手前にビルが増えた。ここで昔通っていたつけ麺屋「栄楽」が健在なのを確認。また美しい日本家屋であった豆の『但馬屋』がビルに押し込められてしまっているのを見て、無駄歩きは終了となる。

 八王子、日野などの豆腐店でもっともよく見かけるもの。豆腐を買うついでに、赤いパッケージの経木納豆を1つ2つというのが日常の光景である。
 取り立てて絶品というのでもないが、とても風味の良い大豆、納豆菌の造り出すうまみも充分ある。八王子の地納豆としては一方の雄といったところだ。
 またこの真っ赤な紙ラベルに大豆の絵柄。豆の部分がやたら大きいのだけれど、これがために一種キャラクターとして存在感がある。

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中文 東京都八王子市中野上町3丁目4-8

 五日市から檜原街道を進むと黒茶屋に至る。そこで道は左右に分かれるが秋川を渡ってまた合流する。そこから檜原村にクルマを走らせることほんのしばしで右に折れる道があり、そこを行くと『山味茶屋』が左に。地名からすると戸倉坂下とでもいうのだろうか?
 昔からここに「手打ちうどん」のカンバンを見つけてはいた。ただし、あきる野市五日市あたりは明らかに観光地。観光客相手の「いかにも」という店も多々あり、せっかくたどり着いてもまがまがしいものだったら嫌だな、とも思う。それが『山味茶屋』にたどり着いたらあまりにも素朴な「食堂」然とした佇まい。店の前に駐車しているクルマも地元のものだ。

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 こぢんまりした店の引き戸をあけると落ち着いた色調の店内、右に2つ、左に2つテーブルがあって、右手奥には小さな小あがり、奥に厨房が見える。厨房の奥は住まいだと見受けるが、都会などでみる狭苦しいものではなくどこからか外風が入り込んできて開放的だ。
 先客は小あがりの4人連れの女性と、手前の卓に男性。4人がけテーブルに男性がひとり。みな和気あいあいの雰囲気で常連さんのようだ。
 朝から2時間ほどの山歩きで、おなかがペコペコだ。メニューをみると「日替わり定食750円」、「うどん付定食1000円」、ざる600、カレーうどん700円、山菜、月見うどん600円にたぬきうどん550円、ざるうどん600円とあり、となりにご飯ものが並ぶ。カツカレー850円、カツライス800円、カツ丼800円、親子丼650円、カレーライス650円とある。ここで呻吟して考える。いちばん人気があるのはまわりを見渡す限り「うどん付定食」なのは一目瞭然。でも、こちらは「背中とお腹がくっついている」のだ。家人は、なぜかあれだけ激しい山歩きのあとなのに「山菜うどん」。うどん屋だと思ったのになぜか丼物が充実、どうしても目は「カツ丼」のあたりを漂うのだ。
「カツ丼食べたいな。うどんも食べたいな。困ったな困ったな」
 うんうん考えていると家人が勝手に
「カツ丼とざるうどん、それに山菜うどんをお願いします」
 勝手に決断を下すな。と思ったが出来ればざるうどんは大盛りにして欲しかった。

 奥で揚げ物をする音がする。これはカツを揚げているのだ。腹がぐぐぐぐーと鳴り。今更、家人と世間話をしてもつまらないので暇を持てあます。小あがりの4人連れはやたらに「うまいわね」なんて言うので余計に腹が減って、腹が立ってくる。
 やっと出てきたのは山菜うどん。考えてみると、まだ5分と経っていない。その山菜うどんを少し味見。これがうまい。何よりも汁が絶品だ。関東でこれほどうまい汁に出合うとは思わなかった。しかも当たり前だが手打ちうどんもうまい。しこしこという手打ちならではの食感が感じられるが腰が強すぎない。小麦の甘さが浮かんでくるのに連れて微かに香ばしさというか風味も出てきた。

 話はそれるがうどんのうまさの話をすると必ずイのいちばんに出てくるのが「腰」の強さ。「うどん=腰」なんていうバカまでいるのには呆れかえる。うどんのうまさはいかに麦のもつ甘味、そして風味を引き出すかにある。それは手打ちでも機械打ちでもいいのだけれど、この味わいを引き出すときに結局適度な腰が生まれるわけで、目的が腰ではいのだ。しかも腰が強すぎると麺自体の味わいがわからなくなる。

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 やっとカツ丼が出来上がり、熱々のどんぶりの中でのせたばかりの三つ葉が萎びている。驚くべきことに、これもうまい。豚肉はまあ普通だがご飯と煮汁の味わいがよく、ついつい一気にかき込んでしまうというまさだ。みそ汁はやや辛目。この塩分濃度に山に来たという実感が湧く。脇に添えられた、きゃらぶきも醤油辛いが味が良く、家人がさかんにかっぱらっていく。

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 そして、ざるうどん。やはりうどんが実にうまい。つけ汁も甘味が控えめで、うどんの風味を損なわない。小皿の七味唐辛子は自家製だと言うが、この香りがよく、つけ合わせの野菜もうまい。ざるに残った破片、汁に残った最後の一本まで食べきって、まだもの足りない。ひょっとしたらもう一枚ざるを食べないと一生後悔するかも知れない。

「やっぱり、ざるうどん、大盛りにしとけばよかったな。ざるもう一枚食べようかな」
 家人は聞こえない振りをして支払を済ませるのだった。

 ある日思い立って、入間に来た。これは埼玉を知るための旅であり、時間があくと突発的に敢行する。そして第一の目的、『繁田醤油』を見学。いろいろ醤油蔵などみて、「この辺にお昼を食べられそうな店ありませんか?」とたずねて、『繁田醤油』の方が息を切らせて、わざわざ連れていってくれたのが『つきじ』である。
 たどり着いたらそこはまったくの住宅地。新築の店に使い込んだ紺色の暖簾。白抜きで「手打 うどん つきじ」とある。この古い暖簾は新築前の店で使っていたものだろう。ここで使われている器類も古い使い込んだもので思った以上に老舗なのだろう。
 店内に入ると左手に4人がけのテーブル2つ、奥に座敷があり、右手に厨房。厨房との境にカウンターがあって、ここに天ぷらの入ったバット。そこに箸が添えられて「天ぷら一つ50円」とあり、春菊、かき揚げ、ごぼう天、ナスなどがある。
 メニューは「きつね」、「たぬき」もあり、もりもある。どれも魅力的だが埼玉ということでやはり「肉汁うどん」にする。この「肉汁うどん」は埼玉ならではの茹であげた温かい、また冷たいうどんの食べ方である。
 出てきたものは地粉を使った薄墨色のうどんがどんぶりにこんもりとあり、右手の椀に汁、これに薬味でワカメとネギ、すりゴマがつく。面白いのは前回飯能で食べた「古久や」でもそうだが、うどんがどんぶりに入っている。きっと、このどんぶりは温かいタヌキでもかけでも使われるものだろう。
 この汁に豚肉(牛肉の場合もあるのかな?)、ネギがたっぷり入っている。汁はたぶん、さば節、昆布の出汁にしょうゆ味、みりん、それに肉の旨味が加わって濃厚である。
 これが「中」であり650円、ごぼう天と竹輪天を加えて750円也。
 うどんはボク好みのもっちりしたもの。汁をつけないで食べても塩っ気を感じてうまい。これならどんなに大盛りでも最後まで「飽き」がこないで食べられそうだ。これにコクのある肉汁がよく合う。盛りのいい
「中」がほんの数分でなくなって、まだもの足りない。これはまさにうどんの美味のなせる思い。しかし「つきじ」のうどんはうまい。
 また、残念ながら天ぷらはおいしいとは言えないが1個50円は安いな。
 目立たない住宅地にこのような「うまいうどん屋」があるとは入間の味わい恐るべし、かも知れぬ?

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周りはまったくの住宅地である。よそ者にはこんなところにうまい「手打ちうどん」の店があるなんてわかりっこないだろう

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うどんは地粉を使い薄黒い

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汁は豚肉の旨味が濃厚に出て、醤油辛くうまい

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つきじ 埼玉県入間市宮前町7の12
●2006年6月14日記す

 埼玉への旅、最初に行ったのが飯能市である。なぜ飯能市かというと第一に我が家から1時間ほどで行ける。酒蔵がある。それとたまたま読んでいた林芙美子の短編に「遠足に飯能に行った」というのが出ていて、「飯能は東京にあってそんな土地柄なんだ」と思ったためである。まあ、動機はとりとめもないものである。

 さて飯能でどうしても見つけたかったのが典型的な「埼玉うどん」。
 その「埼玉うどん」なるものいかなるものか? というのを埼玉生まれ、埼玉在住の知人の弁を借りて説明する。
「まず汁を作るの。出汁をとるだろ、醤油で味つけして、そこに豚肉を入れる、玉ねぎやニンジン、夏はナスも入れたかな。とにかく野菜を入れる。この温かい汁に茹でたうどんをつけて食べるんだ」
 この人、説明をしながら盛んに目を宙に浮かしている。きっとお母さんなんかが作っていたのを思い出しているのだろう。

 そして飯能市に来て、たまたま立ち寄った和菓子屋で「おいしいうどん屋を探している」と尋ねて、たどり着いたのが「古久や」である。木造の古めかしい切り妻の二階家、正面入り口がガラス戸になっていて、真ん中のガラスに磨り文字で「古くや」とある。「いい感じだな」とガラス戸に手をかけて、そこにかかっていたのが「うどん売り切れ」の紙。実を言うと、この「古久や」の場所がわかりづらい。飯能駅から飯能銀座を通り抜けて八幡町という旧市街地に行くのだけど、こんなところにうどん屋があるんだろうかと心配になる。そんなときにたまたま道を聞いて親切に案内してくれたのが「とんき食品(豆腐屋)」の若だんなである。諦めていると親切にも「うどん一玉もないの」と聞いてくれたがだめだった。「とんき食品」の若だんなありがとうございました。
 そして今回、満を持しての飯能である。午前11時に店の駐車場にクルマを止めて、まだ空いている店内に入る。ガラスの引き戸を開けて入ると昔ながらのたたきの床。畳敷きの小上がりに細長い机が並ぶ。明かりがついているのに外から入り込む光に対して、店内は薄暗い。右手に厨房があるが、その古めかしくも情緒のある造りは必見のもの。考えてみると時代劇を見ていても机に椅子の居酒屋が出てくる。まさか江戸時代、あんな店の造りがあるわけがない。本来は畳敷きにあがり平膳で食べるか、または小上がりに腰掛けて食べていたはず。そしてその江戸時代さながらの光景がここにあるのだ。
 入り口に近い場所に座り、ふと前を見ると「房州節 羽山商店」の段ボールがある。房州節というのは、さば節である。また、そのさば節のなかでも黴つけまでする高級品なのだ。考えてみると千葉県外房はさば節の大産地である。このさば節の産地があって関東の、そば文化が発展したとも言える。すなわち東京などでの、そばの「かけ汁」は原則的にはさば節の出汁に醤油、砂糖、みりんを合わせた「かえし」を使う。当然、埼玉うどんの出汁にもお隣の千葉県から、さば節が来ているわけだ。ここに江戸のそばと埼玉のうどんがまったく無関係ではないのが読みとれる。

 品書きには、もりうどん480円、かけうどん480円でそれぞれ大があって530円。たぬきうどん、きつねうどんが530円、月見が580円、玉子とじ630円。肉つゆうどん並630円、大680円、特840円、と並び、いちばん下に天ぷら、ごぼう、いか、かき揚げが1個100円とある。
 席に着き品書きを見ながら周りを見回すと、ほとんど皆同じ物を食べている。これがまさに探していた埼玉うどん、「古久や」では「肉つゆうどん」である。当然大にしてゴボウの天ぷらをつける。すると店員さんが「うどんは温かいのと冷たいのがあります」という。「初めてなのですが、どちらをおすすめですか?」と聞くと「普通は温かいんです」と言うのでそれに決める。
 出てきたものは、どんぶり一杯のうどん、大振りの酢の物を入れるような器に豚肉、ネギなどの入った汁、ごぼう天に、ネギ、七味唐辛子、たぶんうどんのゆで汁。うどんはあまり腰のある方ではないが、滑らかでうまい。これなど腰が強いばかりでうまみにかける今時の讃岐うどんよりもいいのではないか。汁はやや甘めで豚肉の旨味が出て、濃いしょうゆ味。飲むには辛すぎるが全体にまったりしている。具だくさんの汁にうどんをつけて食べるのだが、これがなかなかうまくいかない。結局、うどんと豚肉、ネギなどの具をともにかき込むようにして食べると、これがいいのである。ただし「大」にすると後半うどんを持てあます。「飽き」てしまうのだ。また天ぷらは残念ながら味はよくない。ただしうどんからくる「飽き」を少しだけ還元してくれるだろう。
 さて帰りの16号、混み具合はいかがだろう? 初手からいい埼玉うどんの旅となった。

 ちょっと蛇足。今回の埼玉うどんとほとんど同じものを我が家では日常よく食べている。ただし、起源は埼玉にはない。始めたのは大阪に「肉すい」というのがある。これはうどんの汁に牛肉を入れて、驚くべきことに、うどんを抜いたもの。喜劇俳優の花紀京が馴染みのうどん屋に作らせたという曰くつきのものなのだ。これを豚肉に替えて、野菜をたっぷり加えて昼ご飯などで食べている。そして冷たいうどんにも、この汁を合わせているので、まるでうり二つの味わいである。どうも、うどんの食べ方で、これ以上に合理的で栄養面からいって優れた食べ方はないのではないか? そう思ってみるとたぶん埼玉以外にも同様な食べ方をしている地域がありそうで、これも楽しみだ。
●2006年3月17日記す

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うどんどころ埼玉

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 埼玉に興味を持ち始めたのは3年前にペヘレイという魚を見に大里村(現熊谷市)を訪ねて以来である。残念なことに長年東京都に住みながら、「まったくお隣の埼玉のことを知らないのだ」、とクルマで走っていても痛感した。大里村に行くにもまったく埼玉の地名、また町の位置などが頭に入っていない。
 映画や鋳物で有名な川口市、歴史的にも有名な「忍」行田市は、どのへんだっただろう。また高麗、高麗川、高梁、など朝鮮由来としか思いようのない地名がある。その上、埼玉は多摩地区と同じ武蔵野なのである。
 そして埼玉にとにもかくにも「行ってみる」というのを始めて目に付いたのが、「うどん専門店」である。どうしてうどん専門店がこんなに多いのか? 埼玉出身者に尋ねてみると「気がつかなかったが、そう言えば子供の頃からうどんは散々食べていたな。別に店に食いに行くことはなかったけど」。そしてこの食べ方がなかなか面白い。うどんは冷たくししてザルなどにとり、これを豚肉を入れたしょうゆ味の温かい汁につけて食べる。この汁には季節季節の野菜がたっぷり入っていて、これを昼や夕食に食べたという。婚礼の席を締めくくるのも、うどんであるというのは興味深い。「晴れ」の行事にも、「け(日常)」にも埼玉ではうどんなのだ。
 また、調べてみると埼玉は米の裏作に小麦を作る二毛作地帯。平野部の多い埼玉では豊富に小麦が収穫されていた。当然、うどんのみならず蒸し饅頭や、焼きまんじゅうという小麦粉食をとてもよく見かけるのだ。とくにみたらし団子のような甘い味噌あんをかけた小麦粉でつくった団子など、群馬県、埼玉県でしかお目にかかれぬものである。
 さて、淡水動物と歴史に、うどんも加えて今年も埼玉に通ってみるのだ。
●3月4日記す

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埼玉県飯能市で売られていた「飯能まんじゅう」。切り干し大根ニンジンにシイタケなどの炒め煮が入っている。このように様々な饅頭が埼玉の各地で売られている

 お馴染みの神保町も交差点から水道橋に向かうあたりは本屋がないのであまり足が向かない。唯一、そば屋の「吉風庵」というのがあり、食後、そこから白山通に出ようとして見つけたのが「ひまわり亭」である。
 ここは白山通にほぼ面していて、立地条件は最高にいい。ただし老舗の「さぶちゃんラーメン」、侮れない「梅本」、尾道ラーメンというのもあり、また激安のラーメンチェーンもある。
 そこに堂々開店。全体が黒っぽい壁に囲まれていかにも意味ありげ、しかも大きく「究極のスープをどうぞ」とあるではないか? これなどボクぐらいオヤジになると「バカみたい」に幼稚に見える。ただ、新しい店は見つけたらとりあえず入ってみる、ということで数日後怖々入店してみた。外面がいかめしい割に店内はいたって普通。なんの変哲もない。券売機にはそこそこにメニューが並んでいるが、初めてなのでスタンダードに醤油ラーメン500円。カウンターに座ると目の前に「高菜ごはん、味噌豚丼、カレーライス各150円」とある。「へ〜、がんばっているな」と思ってカレーも頼む。
「究極のスープ」なのに500円は弱気だ。また店主らしき男性も見たところ影が薄い。最近、やたらテレビに出ている格闘家まがいのラーメン店主からすると「大丈夫か?」と言いたくなる。
 出てきたのは、微かに濁りの出た豚骨とも鶏ガラともつかぬスープ、そこに豚バラ肉の軟らかそうなチャーシュー、メンマとネギという色味にかけるもの。さっそくだから「究極のスープ」をすする。これが残念ながらいたってありきたりなものだ。味のバランスはいいだろう。でも脂が浮かんでいるのだが、それがなんだかどんよりと重い。これは明らかにイノシン系の旨味が足りぬせいだ。そこに脂のまったりしたのが邪魔をして豚や鶏ガラから出ている旨味もぼやけている。麺はそこそこスープに合ったもの悪くない。そしてこの脂っぽいスープにチャーシューがまた輪をかけて脂っぽい。このチャーシュー味はいい。ただこれがが生きるのは反対にさっぱり系のスープではないか。この系統のスープを押し通すならチャーシューは肩ロースなど部位を変えて、また本来の「焼く」チャーシューにするといいだろう。
 また脇にあるのが、たぶんこれも自慢のカレーであろうが、中途半端に平凡すぎる。これは自家製のカレーなのだろうか? 味に奥深さというかスパイスの造り出す玄妙さが感じられない。ここまで在り来たりなら家庭的なカレーを提供したらもっとインパクトがある。
 さてそれでは「ひまわり亭」は総合的にどうなのか? というと、合格かな。考えてみると500円でラーメンを提供するというのは大変なことである。これが荻窪だったら瞬く間に消え去るだろうが、神保町の懐は深い。腹減り学生には650円でカレーまで食べられるが歓迎されそうだ。また若ものたちには外観と中身のギャップもまったく気にならないだろう。
 できればラーメン界の「まんてん」を目差せばいいのではないだろうか? 「ひまわり亭」は。

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「松翁」は仕事場から10分ほどの距離、神田猿楽町にある。少し歩くが、ときどき無性に行きたくなる店である。とにかくそばのうまさは都内でも最上級の店。夕方からはそばと酒をじっくり味わえる店になるのだが、この点でも言うことないだろう。
 さて、ざる850円と、値段はかなり高め、これがちょっと肴をとり冷酒を飲むと5〜6千円は消えていくだろう。こんな値段でも納得のいく味わいなのは実力というもの。
 ここでお勧めなのは天ぷらそば。これは揚がった順番に運んできてくれて、これなど天ぷらや顔負け。仕入れる穴子に関してはときどき「?」なときがあるが、毎回満点に近い揚げ方、ネタ選びであう。
 また季節の素材をつかった温かいそばがあって、これがとても魅力的だ。冬にはカキ、生海苔を使った「花巻」。実を言うと温かいそばというのはめったにうまいものには出合わない。そんな希有な存在である松翁は。
 さてまだ寒の時期に、注文したのは珍しいアサリを使ったもの。たしか1300円くらいだったろう。アサリは特大。見た感じでは中国産だと思われる。しかしこの時期国産よりも輸入物のほうが身が太っている上に味がいいのだ。業者に仕入れを任せているのか不明だが、この点でも合格。
 さてアサリを使ったときにいちばん失敗するのは、やや塩分が高い方がうまいということがわからないで、中途半端な味わいにしてしまうこと。アサリの旨味は塩分に等しいのだから決して、つゆの濃度は低めにしてはいけない。
 出てきたアサリそば、これは正しく絶品である。なにしろ大振りのアサリの身がぷっくりとふくれて、旨味と甘味が豊かに感じられる。そこにまたアサリの旨味いっぱいの汁と香りの高いそば。たぐっていて豊かな気持ちになる。
 作り方がわからないが、やや少な目につゆをはり、そばを入れて、酒蒸しにした殻つきのアサリをのせ、そのつゆも回しかける。さっぱりしている味わいから考えると上にかぶせたのはアサリの潮汁かも知れない。こんなことを考えさせるだけで優れた一品だろう。
 味はいつも満点に近い「松翁」であるが、ひとつだけ弱点をあげるなら接客だろう。主人夫婦の接客は残念ながら最低ラインである。注文を間違える、忘れるは日常茶飯事。厨房の職人をいきなり怒鳴りつける女将さんというのも珍しい。まあ、こんな雰囲気も楽しいではないか? と思える今日この頃だ。

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千代田区猿楽町2-1-7
●2006年2月7日記す

 暮れなずむ新大橋通に煌々とともる灯。それが「きっちん さち」である。見たところカウンターだけのいかにも下町然とした洋食屋である。一目見て惹かれるところ大。よく見ると店の隣のイラストカンバンにも「下町洋食」とある。

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 サッシの引き戸が入り口であり、そこがくの字のカウンター。中にはイラストのおじさんと、女将さん。入った途端にいい店だなとしみじみ思わせる何かがある。先客はカウンターに3人、奥にもテーブルがあるがそちらにはお客はいないようだ。この3人、どうも常連さんである様子。
 常連さんとオヤジさんの会話がいい。
「できてどれぐらい経つのかな」
「そうね今年で30年目くらいかな。はやいね」

「お客さん、なんにしますか?」
「なんかおすすめってあります」
「うちはどれもうまいんで、これといってないんです。」

 ここで迷った末にロースカツ定食850円を注文する。これは『とんかつの誕生』(岡田哲 講談社)を読んでいることもあって、洋食屋にはいったらどうしても「とんかつ」となるのだ。この本によると「とんかつ」の原型は明治28年に銀座の『煉瓦亭』で生まれた。ただしこの「豚肉のカツレツ」はあくまで西洋料理コートレットもしくはカットレットの豚肉版でしかない。パンにやや多めの油とバターを入れて焼くようにフライにする。これを上野の『ポンチ軒』で今のようにやや厚切りにした豚肉をたっぷりの脂の中で泳がせるように揚げる工夫をして「とんかつ」の誕生となる。

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 こんなことを考えていると、テンポ良くうまそうなロースカツが出来上がってきた。粗挽きのパン粉でをつけてあげられたロースはさっくっとして、なかの肉はジューシーである。つけ合わせの野菜もたっぷり。ご飯は、これが普通盛り? まさかボクの体形を見て大盛りにしたんじゃないよね。そして自家製だろうかお新香。カツを味わってみそ汁を飲んで驚いた。かなり濃度の高い辛口のみそ汁であるが、出汁のうまみが感じられること。そしてそんな濃厚なものなのに吸い口がさっぱりしている。
「うまいですね。みそ汁」
「ロースもうまいでしょ」
 これは女将さん。
「そうでしょ。みそ汁にはゆずを絞り込んでるの。うまいでしょ」
 ご夫婦の対応がいたって気持ちのいいもの。こんな店は絶対に多摩地区、新興住宅街にはない。

 そう言えば昔、「ありがとう」というテレビドラマがあって、これは下町から新興住宅地のあたらしく出来た商店街に越してきた魚屋の話だったように記憶する。そんな下町の近郊住宅地への移入なんてこと本当にあったんだろうか?

 さてさて江東区住吉の夜は更けていく。そして現(うつつ)の西に向かうのだ。

 秦野駅前からクルマで10分ほどのところに「実朝の首塚」がある田原ふるさと公園というのがある。そこにある「ふるさと伝承館」という農産物なども直売する建物の一角にあるのが『そば処 東雲』。ここのそばがうまい。

 当日は、山を谷ありの道を超小型折り畳み自転車で駅近くから50分もかかってたどり着いた。顔が真っ赤になって座り込んだのだから、きっと店のおばさんも驚いたことだろう。ついつい生ビールをグイ。
 人心地ついてから、腹がペコペコになっていたので「天ざるセット」930円を注文した。これは天ざるに古代米のご飯と漬物がついたもの。いつもならきっと大盛り天ざるにしていたはずなのに空腹感のために米粒が食べたくなったのだ。考えてみれば白めしが好きなので、古代米だろうが炊き込みご飯だろうがうまいと感じるはずがない。これは失敗だった。まあそんなことは置いて。
 主役のそばは太い細いがあるものの、香りが高く味わいのよいもの。これは鄙の良さがあるというか、都会のそば屋のように無個性で変に洗練されていないところがとても好感が持てる。また薬味のネギの味わいも、精進揚げの野菜も新鮮なためだろうか、まことに味わい深いものだ。次回は天ざるの大盛りと心に決めて、また遙か駅前まで自転車をこぐのだ。
●この『そば処 東雲』のある「ふるさと伝承館」には農産物直売所がある。これもすごくいい。でかい柿を2袋、里芋、ステックセニョール、漬物などたっぷり買い込んできた。
2005年11月27日記す

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秦野東地区農産物直売研究会
http://3net.jp/denshokan/

 年に一度だけしか外食で食べないのが冷やし中華である。ただし神保町暮らしの身にはすずらん通りに『揚子江菜館』というのがあって、会食のときには必ず食べるのだけれど、これは所謂冷やし中華ではない。どうもこの『揚子江菜館』が冷やし中華を初めて作った店とされているが、食べるに麺は茹でていない(たぶん蒸しているのだ)、また具材が明らかに本格中華料理の前菜にあたるものである、などで「冷やし中華」とは別物といった感がある。また宮城県にある中華料理店で作られたという説もあるらしいが、これは「食べてない」ので置いておく。
 さて、冷やし中華はラーメンの鹹水たっぷりの麺を茹でて、水で洗い冷たくして、水切り。たぶん冷やし中華用の皿(河童橋でよく見かける)に麺を乗せる。そこにチャーシューかハム、キュウリ(これがなくては始まらない)、錦糸卵を乗せて甘酢をかけ回して辛子を添えたもの。ここに、ある店では茹でたもやしをのせたり、また蒲鉾がのっていたり、また茹でたキャベツと遭遇したことまである。この茹でたキャベツというのは宮城県の『龍亭』が初めて創作した冷やし中華にものっているというので、それなりに理由というか「キャベツをのせる」中華料理店の流派があるのかも知れない。
 ただしボクが好きなのは錦糸卵、キュウリ、ハムがたっぷりのったものだ。このハムをのせる冷やし中華はそば屋で出てくるものに多く、そば屋の冷やし中華にチャーシューがのっているとがっかりして無性に暴れてしまいたい衝動に駆られる。

 今年の冷やし中華初めは7月1日、八王子総合卸売協同組合『光陽』で。ここはいたって普通のもの。タレも市販のものだし、気取りがない。ただし『光陽』のお母さんの工夫はなるとをせん切りにして彩りに加えたこと。また麺は八王子市横山町の岩本製麺のものだからまずくなるわけがないのだ。

 でも冷やし中華を年に一回しか食べない最大の理由が、「食った気がしない」からだ。大盛りを食っても昼飯としてはもの足りない。これは酢を使っているせいなのか、冷たいためなのか。またラーメンが500円だとして冷やし中華が750円というのも理由である。食堂の料理の値段は材料費と手間で決まるのだが、冷やし中華はともにかかる。たぶん作る側としては最低でも850円欲しいなと思っていても750円でしかない。『光陽』なんて650円なのだからもっともっと偉いな。
 さあ、まだセミも鳴いていないのだけれど今年も梅雨明け近い。これからは我が家の昼ご飯は冷やし中華というのが多くなる。

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 八王子は地下水の豊富なところであるが、意外なことにうまい豆腐屋は少ない。街歩きのついでに豆腐屋をみつけると必ず木綿豆腐を買っては失望する。これはどうも水と言うよりも豆腐造りの技術に劣るのではないかと思っている。そんな街歩きで唯一、うまい豆腐を作っているのが神山豆腐店である。陣馬山に向かうバイパスのひとつ裏路地にひっそりとある目立たない豆腐店なのだが、店は古いが店内はすこぶる清潔。大きな水槽には地下水が豊富にかけながされ、そこからひょいとすくって白いパックに入れてくれる。ボクはいつもここで後悔しきり、いつも鍋やタッパーを持ってこようとして忘れてしまうのだ。この一連の女将さん動作がとても美しい。
 ここで買うのが木綿豆腐。東京風の長方形、そしてやや柔らかめのものである。口の中で微かだが甘味が感じられて、またほどよく大豆臭いのが何とも言えずにいい。近年、スーパーなどで喧伝されている「濃厚に甘くて、そしてべっとりしたもの」とは違って、すっきり普通の豆腐で、湯豆腐にも冷や奴にも向いている。当然のことだが豆腐がうまいと厚揚げや油揚げもうまい。

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神山豆腐店 東京都八王子市元横山町3丁目11-8

『まんてん』をどう表現したらいいのだろう。神保町の交差点から春日通を水道橋に歩き幾本か目の路地を右に曲がるとあるのだ。この路地の先には最たる目的となるところもなく、まったく取り残されてしまったような場所である。昔はここに恐いお婆のいるお好み焼き屋や小さな洋食屋もあった。それで、当時はいっぱしの食いもの屋街とも思えたのだ。それが現在はと言うと間口両手を広げたほどに足りぬ古本屋が一軒あるものの、なんだかそれなりに飲食店街を思わせた雰囲気はなくなってしまっている。そこまで寂れてもこの路地で活気を保っているのが『まんてん』なのである。
 この店、左右振り分けで2店舗あるかのごとくであるがまったく同じ店。右はカツやコロッケの定食。左はカレー屋なのである。そして問題なのは左のカレー屋である。ここのカレーがうまいのかうまくないのか、それは非常に難解な問題である。初めてここに入ったのはいつのことだろう。たぶんもう30年近く前のことだろう。値段の安さから普通盛りのカツカレーを注文して、そのあまりのまずさに二度と来るかと思って、その数日後にもう一度、それでいつの間にか常連となっていたのである。

 この店の特筆すべきはジャンボカレー(500円)である。これは学生時代はともかく、今となってはとても太刀打ちできない超大盛りカレーである。また上にのせるものは、カツ(乗せた普通盛りのカレーは550円)やコロッケ(同550円)、またこの店ならではの赤いウインナー(同550円)がある。ジャンボにも総てにこれを追加していくことも出来る。またジャンボにこの総ての「のっけもの」を、乗せてまるでエベレストのように盛り上げるのもアリなのだ。
 言って置くがこの店、普通のカレーでも盛りがいいのである。春先に神保町『まんてん』を知らない新入生が、ジャンボを前に「がんばれよ!」なんて言われているのを見かけるが、今のところ完食の瞬間は見ていない。また、短い余生を大切に思うなら、ある年齢を超えたら決してジャンボには手を出してはいけないのだ。またこの店の客はほとんどが若い学生やサラリーマンであるが、ときどきオジサンを見かける。その顔に遠い昔の青春の陰が見える。きっと若き日に神保町で学生時代を送ったのだろうね。

 さて、神保町で長年、人気を誇っている『まんてん』の秘密はなんなのだろう。どろどろのカレーの表面には白いぶつぶつが浮いている。これは小麦粉のだまなのだろうか? これを口に入れるとすぐには気づかないが鋭角的な辛さを感じる。この辛さが意外なことに心地よいものなのだ。カレーを考えるときに、この辛さをどう作り出すかが決め手となるのだと思うのだが、『まんてん』のカレーの辛さは絶妙な角度(舌にさす強さ)かも知れない。またここのルーはソースをかけると味わいが増すのだ。
 まあ、これを神保町名物というのもなんだが、ここを落とすとこの街は語れないのだ。

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長すぎる神保町暮らしだけど、ときどき『まんてん』の路地が見つからないときがある。どうしてだろうね? ミステリーだ。

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ウインナーカレー550円は、揚げた赤いウインナーが見秩序に3本。これにミニカップのコーヒー、そしてスプーンは水の入ってコップに入っている

 入間市には『鈴木醤油』と『繁田醤油』の2つの醤油蔵がまだ営業を続けている。この『キッコーブ 繁田醤油』は前々から気になっていたもので、暇を見つけて醤油を買いに入間まで出かけた。
 入間駅の無味乾燥な殺伐とした空間から坂を下り、まるで高速道路か勘違いするほどの猛スピードでクルマが疾走する16号線を越えると、国道407号に入る。この一角にあるのが『繁田醤油』の蔵なのだ。
 16号を渡って歩くことほんの数分、入り口に大きなお釜があって、これがいい目印になる。そこから見事な長屋門をくぐる。そこは左手に倉庫と醸造倉があるが、倉は荒廃していていたみが激しい。右手に民家がある。民家の先に戦後に立てたらしい事務所かなと思われる建物があるが、まったく人の気配が感じられない。そのまま奥にすすむと空き地になっていて、砂利の山があるだけ。しかたなく、ケータイで事務所を教えてももらうと、建物の角、国道沿いに事務所があった。中には女性が3人、パソコンと向き合っている。ここで醤油を買い求める。
 奥の倉庫に誘われて、見せてもらったのがとても魅力的なラベルの一升瓶。でもこれは自転車をこいでここまで来たので重すぎる。結局、本醸造1リットルペット(250円)と、事務所の冷蔵庫に金山寺味噌(350円)を買ってきた。
 この事務所の建物が古く、明治時代のものらしい。また創業は江戸初期にまで遡るとのこと。マークは「亀甲に武」であるがこの「武」は「武蔵」という意味合いだろうか?

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この本醸造醤油であるが味わいは平凡であるが、値段からすると日常使いのもの。まあ煮炊きに使うに入間市民も地の醤油を使ってみたらどうであろう。大手メーカーのものに決して引けを取らないものである。また、このラベルなかなか趣のあるものだ。これなど変えないで欲しいものだ

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金山寺味噌は埼玉では「なめもの」とか「おなめ」と呼ぶようである。この「なめもの」なかなか味が良く、ご飯の友、酒の肴としてすぐになくなってしまった。

繁田醤油 埼玉県入間市宮前町1-10 電話04-2962-2128

 八王子南口から歩いて4〜5分のところ、人影まばらな広い道路沿いにひっそりある。白い暖簾に細すぎる書体、開きすぎた文字間隔で「大國」というのも気が抜けていて、逆に微笑ましい。ボクはこのような気の抜けた感じが大好きである。その暖簾の下に昼の定食が書かれたボードがあり、定食は千円以下でこれにも惹かれる、惹かれる。
 実はこの日、腸にポリープが見つかって「取りましょう」と言われたばかり、非常に落ち込んでしまって、ダメよ、ダメよと言われている揚げ物をどうしても「死んでもいいから食べたい」と思ったのだ。しかも固形物を食べるのは18時間振り。さすれば飢餓状態だろう、と思われるかも知れないが、病院での3時間の内にすっかり食欲はなくなっているのだ。なぜ、病院というのはこのように、とても身体に悪いのか? 誰か教えてくれ!

 そして白い暖簾をくぐると明らかな関西訛りで「いらっしゃいませ」ときた。左にテーブル、右にカウンター、小さな店であるが清潔で気持ちがいい。そしてオープンキッチンに、どう見ても関西方面のおばちゃんがいる。新聞をテーブルで見ていたおじいさんがゆるゆると熱〜いお茶を持ってきてくれる。「何がいいですか」、注文を聞かれて「関西の方なんですか?」と思わず聞き返した。「和歌山なんです。南部町ね。梅干しの南高梅の」。この関西訛り(和歌山も含めて)を聞くとすっかり病院でかちかちに緊張していたのもほぐれてくる。やっぱり関西弁はいい。
「お勧めはありますか」と聞くと
「とんかつ屋ですからね、そうや昼の定食メニュー、出してないね」
 そこにまたおじいさんがゆるゆると昼定食のメニューを持ってきて、「とんかつを食べたい」と入ってきたのに、なぜかメンチカツが食べたくなった。
「メンチカツにします。そうだ大盛りにしてください」
 注文を受けてからメンチカツの中身の形を作り、パン粉をまぶして揚げる。具だくさんのみそ汁、お新香、そして大盛り過ぎるご飯(これなら並でよかったかな)、そしてメンチカツ。
 メンチカツは軟らかくジューシーであるのはさすが、味わい的にはやや平凡だけど、好ましいもの。みそ汁もうまいし、ご飯もうまい。お新香も適度な量でうれしい限り。半分ほど定食を平らげたときに、さすが南部町出身のご夫婦の店だなと思えるおいしい梅干しを小皿に出してくれる。次回は「ロース山椒定食」というのが気にかかるな!

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とんかつ大國 東京都八王子市子安町4丁目26-6-102

 早朝6時半、飛騨高山陣屋前の朝市は店が並び始めているところ。そんな朝市に大きな土瓶を運ぶ女性がいる。その女性が出てきたのが、どうも食堂らしい建物。赤かぶや野菜などを買ってから、道を渡るとまだその店はやっていないという。仕方なく宮川の朝市を見て、また陣屋前までもどってきた。
 その陣屋前の『細江屋』で朝食をとる。朝市の店にお茶を配達しているところから比較的観光地的な店ではないとみて入ったのが正解であった。
 高山ならではの落ち着いた店内。決してとってつけたような民芸調ではない。品書きも、麺類が500〜700円、定食も「ほうばみそ定食」は確か1500円であるがそれ以外は手頃である。
 店に入ってテーブル席を避けて、小あがりに落ち着く。
 品書きを見て、朝定食800円と煮いか、家人は「飛騨牛の肉うどん」700円、太郎は「てんぷらうどん」700円、姫様が「ざるそば」。
 煮いかは店の方に「どんなものですか?」と聞いて「イカを茹でたものです」と言うので好奇心から注文したのである。これが後日調べて長野県、岐阜県などで塩鰤、塩いかとともに重要な伝統食であるのが判明する。正月、なかなか庶民の手に届かない塩鰤に「せめて煮いかでも」といった存在であるという。
 朝定食はいたって簡素であるが甘めの煮つけなど味がいい。肉うどんも、そしてつゆの味わいも上々で、なかなか満足至極な朝食となった。

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「煮いか」は岐阜長野などで普通に見られるもの。本来は年取り魚として食べられたもの

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